この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

尊華に栄光あれ

(糸依)

ぽぺ/糸依 > (午後から下り坂の空模様を見せる、なんだかぱっとしない夏の日。タッセルをほどいたカーテンのようにはらはらとほどけた黒髪は軽い渦を巻き、やけに湿気た向かい風に煽られて騒がしく靡いている。雑木林を両脇に抱えた砂利道を背景に、喪服の如く沈むような墨色の軍服に身を包んだ私の様は、母国の愛する華々しさとは全くかけ離れているだろう。空のドームの頂点から左にずれた太陽が雲の隙間を縫い、帽子の下の顔に色濃く影を落とす。影の下の表情もまた暗がりに染め、口の端をきつく締めて進路を見据えた。黒く塗りつぶされた人影の中、はらりと一枚の花弁を落としたのは黄色。手に納められた菊の花束だけが、パッキリとやけに浮いていた。)   (6/4 23:55:26)
ぽぺ/糸依 > 「……久しぶりだね」(彼岸花の畦道、枯れ葉の頭巾を被った墓石。此処は兵士が永遠に眠る揺り籠。何者かに導かれるように迷うことなく辿り着いたのは、墓地の外れにある幾らか新しい設備の墓。哀愁を孕んだ声は、私が奏でたにしては柔らかな音だった。枯れ葉に混じった小枝や砂を手で払い、道を戻っては近くの井戸で水をゆっくりと汲む。中途半端に茹だるような暑さの日でも、地下の水達はさらさらと心地よい冷たさを保っていた。人の姿はなくて余計に不気味だったけれど、その方が都合が良い。木でできた杓子を伝って、滑かに磨かれた灰色の石に水が滴った。)「ごめんね、今回はもう早めに来れる筈だったんだけど」   (6/4 23:55:58)
ぽぺ/糸依 > (独り言は続く。懐から線香とマッチを取り出して、慣れた手付きで火を起こす。深緑の線香から煙が昇るのを確認して、桶にマッチの残骸を投げ入れた。ジュ、と音を立てて火が消える。もう少し早く、そんなスケジュールを狂わせたのはかの狂い水、それから守山での攻防。あれがなければ一月は早く来られた筈だ、微妙な暑さを引き連れた初夏の訪れが今ばかりは憎い。傍らに置いていた花束を手に取って、脱いだ帽子を胸元へあてては立て膝で跪いた。小石が肌に食い込むのも、膝が砂で汚れるのも気にも止めず。瞼を閉ざして、暫しの追悼に浸った。)「……私さ、また失敗しそうなんだ」(風にかき消されるかどうかの囁き。兵として國に忠誠を誓ってからの三年間、決して怠ることなく毎日を過ごしてきた。此処は別れの多い場所だ、たちの悪いことにそれは永遠のものが大半。瞼の裏、幾度となく夢にまで出てきた、泣き崩れる戦友や朱の湖に伏した人だったものを映す。私は貧乏くじを引かなかっただけ、悪運強く生き残っただけ。これが実力だというのならば、神様の目は節穴だ。)   (6/4 23:56:28)
ぽぺ/糸依 > 「また、貴方の元にも行けずに置いていかれるのかな」(独りは寂しいから好きではない、この大きな隙間は本でも埋まることはないだろう。元々あまり話は得意でないし、口を開けば批判ばかり出てしまうこの性格では好かれる方が難しいだろう。実際友好関係を築けた例など稀だった。……もう前のように話せない。近づけば何もかも離れてしまいそうで、踏み込んではいけない場所への境界が見えなくなってしまった。思いを寄せることこそあれど寄せられることもなくて、私は旅立ちを苦い顔で見送ってばかり。…見栄と本音を区別できぬ人間程鬱陶しいものも中々ないだろう、私は面倒な奴だ。)「……ねぇ、麻耶。私、ちゃんと麻耶の目指してた通りにできてるかな」(頼りない問いかけ、返事は届くことはない。それでも私は浅ましく望むのだ。瞳を閉じた向こうで、もしかしたら貴方が微笑んで私の前に現れてくれるのではないかと。あの秋の惨劇は幻であったと慰めてくれるものが現れるのではないかと。   (6/4 23:57:02)
ぽぺ/糸依 > 彼岸花を咲かせて刹那の内に散った彼女が、いつまでたっても私の記憶に根を生やして枯れてくれない。血を養分に深紅の花火を点らせた虚像が、私に憎まれ口を叩いているのか頭を撫でているのかもわからない。無駄になるかもしれない償いを背負って、私は今日まで此処に居る。)「……きっと、叶えてみせる。――“尊華に栄光あれ”」(言葉足らずの懺悔を終えれば、丁度線香が灰になりポロリと脆く折れた。貴方が叶えられなかった目標を、國の為に尽くした貴方に勝利の二文字を。尊華の為だなんて掲げているけれど、建前の裏には醜い私情と罪が渦巻いている。真名を交わしあった貴方に確証のない夢の代理で報いる為に、一人の私はこれからも数多の朱に手を染めるだろう。墓石の薹に立て掛けるように花束を置いて、そっと立ち上がり背を向けた。帽子を被り空を仰いで……嗚呼、厭だ。)「雨が、降り始めた」(すっかりと雲の捌けた蒼空の下、頬を一滴の露が伝い地面をそぼ濡らした。)   (6/4 23:57:18)