この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

フィヨルド

(フィヨルド)

フラッペ@フィヨルド > 『………吹雪が強くなってきた。向こうの壁はとっくに壊れた。もう、この小屋ともおさらばだ。支度を…』「父上。」『……なんだ?』「何度でも尋ね申します。何故、この山を出て行かないのですか。ここは、人が住むには危険過ぎる。父上は家族とご心中したいおつもりなのですか。」『………』(父は一向に答えようとしない。荷物整理をしながらで、子には一切目もくれない。そんな夫の様子と、不満げな顔をする子の顔を見かねた母が、準備をしながら、少しずつ語り始めた。)   (6/5 17:39:27)
フラッペ@フィヨルド > 『むかしむかし…この山には、それはそれは傲慢で偉そうな神様が住んでいました。神様は民にこう言いました。《信仰をしなければ、国はたちまちに彩を失ってしまうだろう》。神様のお怒りを怖がった民人達は、仕方なく、神様を信仰することにしました。神様は民に、いくつかのきまりを与えました。毎日毎日、朝は御山に向かっておじぎを、昼は御山に愛を誓い、夜には御山に、1日の幸福を感謝するように。もうひとつは、1年に1度、美しき女人を連れて御山に参れ、というものでした。人々は神様の機嫌をとるために、言われた通り、1年の終わりの日に、国で最も美しい人を御山に差し出しました。しかし、恐怖心で寄せ集められた美しき人達は、神様に決して良い顔を見せませんでした。29人、殺されてしまいました。そこで、神様は告げました。《最後の一人が命を絶ったなら、国はたちまちに砂になってしまうだろう》。   (6/5 17:39:54)
フラッペ@フィヨルド > 国中の人々が、品行方正で別嬪で気の良い人を探していました。それでも、29人よりも美しい人は見つかりませんでした。結局、連れて行かれたのは、ソグネという名前の少女でした。ソグネは、人を殺した罪で明日、首を吊るされるはずでしたが、王様は罪を許したわけではありませんでした。さて、ソグネが山に入りますと、恐ろしい顔をして、神様がずかずかとやってきました。《お前がそうか》と神様が聞くと、ソグネは何も言わず、じっと神様のことを見つめて、こくりと頷きました。神様は心が読めるので、本当はとても怖いのに、全く怯えない様子でいる少女のことをとても不思議に思いました。それから、神様はソグネの事が気になって仕方がありませんでした。神様とソグネは、その日から神様のお部屋で共に暮らすことになりました。それから、長い月日が経ちまして、一年の終わりの日が近付いて参りました。神様は、ソグネにこう告げました。《お前のことを幸せにしてやりたい。我と契りを結んではくれないか》。ソグネは照れながら、弱々しく答えを告げました。その日の夜は、神様の在り方を大きく変えるものでした。』   (6/5 17:40:07)
フラッペ@フィヨルド > (それは、母がずっと昔から言い聞かせていた物語だった。とても古いお話で、数千ページに及ぶ分厚い本のたった数ページにしか乗らないような、知る者はとても少ない、伝説とも呼べる物語。どうしてそれを今語ったのか、子は何一つ分からなかった。さて、準備ができたようなので、一家は厚着をして、雹が降っても大丈夫なように、防具を身体中に仕込んでから、住み慣れた小屋を後にした。血混じりの雪が辺りを飛び交っている。乱方向に吹き荒れる風が、3人の足踏みを妨害し、進むべき道を惑わせてくる。子はいつも、この山に恐怖を感じていた。本当は、皆と同じように、平凡な町で家族3人、平和に暮らしていきたかった。しかしそれには、父も母もまるで耳を傾けようとはしなかった。子は、この山の事を恨んでもいた。こんな山がなければ、こんな辛い思いをしなくて済んだのだ、と、いるかどうかも分からない神の事を内心貶し続けていた。)   (6/5 17:40:24)
フラッペ@フィヨルド > 『__________危ないッ!!!!!!!!!』「っっっっ………!!!??」(右足が宙を踏む。咄嗟に、下を見る。…何もない。そこにただ、暗闇が広がっているだけ。それでも、子にとっては、自分と家族を引き離す怪物が潜んでいるように思えた。落ちていく身体を咄嗟に掴んでくれたのは、紛れもなく父であった。父は必死の想いで子を持ち上げて、なんとか陸に引き上げる事ができた。……と、思っていた。不意に、3人の立っていた地面が崩れ落ちる。)「はっ………はぁっ、ぁ、ああ、ぁ………うわあああああ゛っ!!!!!父上っ、母上ぇぇぇっ!!!!」(唯一、二人に背中を押し退けられた子だけが、奈落の底へと消えずに済んだのだ。ただ一人、深淵を覗き絶望する者を置いて。あぁ、何故2人が死ななければいけなかったんだろう。2人はこの山を愛していたのに。何故この山は自分だけを生かしておくのだ。何故私の命をも絶とうとしないのだ。どうして、どうして、どうして。子は、喉が潰れ、肺が凍りかけようとも、構わず叫び続けた。いっそこのまま、天へと昇ってしまおうか。価値のない世には別れを告げ、こんな悲劇を忘れてしまいたい、と考えていた。)   (6/5 17:40:42)
フラッペ@フィヨルド > (子は暗闇の中にいた。豪雪吹き荒れる山の奥の洞窟で、痛みを抑えるように横たわり、うずくまっていた。身体に痛みはない。痛みを患っているのは、朽ちることのない、燃え尽きやしない程のぐちゃぐちゃになった心だ。子は、再び家族に会いたくて仕方がなかった。どんな事をしてでも家族に会おうと、それはもう必死に願った。あれ程恨み憎んだ山神にさえ血塗れの手を組んで、泣き叫びながら願い続けた。吹き荒ぶ吹雪の中であっても、その声だけは、確かに山中に響いたのだ。子は、どのくらい経ったか分からなくなるまで、ずっと願い続けたが、それも虚しく身体は徐々に弱っていき、死の足音を感じたが最後、目を閉じてしまった。)   (6/5 17:40:56)
フラッペ@フィヨルド > 《_______かわいそうに、我が子よ。お前は、山でも神でもない、人を愛しすぎたのだ。しかし、それでも…………光の神よ、愛を舞え。トロンハイム、ヴェスト、ハルダンゲル、ガイランゲル、ステヴ、ネーロイ、カゥエルモ、ミーフォー、グルンダル、ソグネ……これより集うは三世の光。天穹よ、今一度神秘を垂らし、地上にこそ光を与えん。しからば、御身は汝と共に在らん事を。……降り立ちし神が名は……『フィヨルド』》   (6/5 17:41:16)
フラッペ@フィヨルド > 『1年の終わりの日になりました。神様は、ソグネを返したくありませんでした。ところが、やってきたのは、美しき人などではありませんでした。神殿の前に並んでいるのは、王様が連れてきた兵隊達でした。兵隊達は、現れた神様とソグネに向けて、いっせいに火をつけた矢を放ちました。もちろん、神様にはまるで効きません。神様が力を振るうと、兵隊達はばったばったと倒れていきます。そんな中、1人の兵隊が放った凶弾が、ソグネの心臓をひとつきしてしまいました。ソグネは神様に笑いかけると、すぐさま息を引き取ってしまいました。   (6/5 17:41:52)
フラッペ@フィヨルド > 神様はとてもお怒りになって、それはもう大きな声で叫びを上げました。神様に呼応するように、大地は割れ、風は激しく吹き荒れ、辺りの山はがらりと様相を変えてしまいました。兵隊達は残らずばらばらになり、神殿も跡形もなくなってしまいました。ただ、神様が抱きしめていた、少女の身体だけは無事でした。神様はそこで、初めて泣いてしまいました。神であることへの尊厳も威厳も全て投げ捨てて、ただ1人、愛を誓った人との別れを泣き叫びました。神様にはもう、世界の彩を消すことも、世界を砂に変えることもできなくなってしまいました。神様は最後に、自らの悲しみを一生忘れないように、この山を絶望の象徴に変えました。それで、山には一年中雪が降っているのです。』   (6/5 17:42:03)