この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

命の水-発症-

(白梅)

ふぇッくし、( 小さなくしゃみが部屋に響く。布団から身体をゆっくりと起こし、近くに畳んで置いてあった、寝巻きの時に羽織る上着を肩にかける。すん、と鼻を鳴らし、薄暗い部屋を見渡す_此処は、白梅の家である。白梅の実家よりかは…かなり平凡だが、食器や棚等の家具は質の良いものばかりである。今は、犬の下刻頃である( 8時半頃 )。白梅は、仕事…つまりは元帥の務めを終えた帰り道に降った雨に濡れてしまい、少し冷えてしまったが故に早めに床に入ったのだった。しかし、目が覚めてしまった。ぶるり、と身震いをし、布団を丁寧に畳み床から出る。_「 今宵は冷えるな… 」と、一言呟いた。

ゆっくりと台所へと向かい、コップに水を注ぐ。こぷ、こぷ、と水を注ぐ音が白梅を包み込む。_嗚呼、なんて美しい音だろうか。くすくす、と自然と笑みがこぼれ落ちる。_ずっと聞いていたい。心地よい。水の音…兄様の魔術の音、嗚呼、兄様、兄様は何時もこの音を聞いていらしてるのでしょうか、兄様、妾の希望、星のように輝き、月の様に美しい__気が付けば、コップから水が溢れ出ていた。足を動かせば、ぴちゃり、びちゃり、と音がする。はぁぁ、と、頬を赤らめ、うっとりとした表情で足元を見つめる。ばき、っと何かが割れる様な音がしたかと思えば、白梅の足元に滴り落ちていた水が氷となっていた。いつもなら何らかの花が咲いたりするが、今の白梅にそんな器用な事は出来ない。不完全な花のような氷の塊が、白梅の足元の周りを囲う。_身体が軽い。軽過ぎて手先の感覚が無い。でもそれで良いのだ、なんてったって今宵は水が滴り、月が美しいのだから!!!!_こうしては居られない_いても立っても居られなくなった白梅は、裸足のまま、台所が氷漬けにされた家を飛び出した。_白梅は幸福だった。何もかもが幸福感として訪れる。

_月が綺麗。尊華の月夜は天下一。草木が揺れるは世界の理、嗚呼、兄様、尊華様!!!!妾は、白梅は世界の理を知る事が出来たのです!!!!_そんな思考ばかりが白梅の頭を支配する。えへへ、ふへへ、と笑いながら寝巻きのまま、軽い足取りで、ふらふら、ふらふらと歩き回る白梅の姿。あの立派な元帥だなんて誰も思わないだろう…。幸福感に包まれている中、白梅は大きな桜の木が植えてある丘へと辿り着いた。道中、石などで足の裏を切ったが、白梅は気が付かなかった。何度も何度もこの美しい桜の木の周りを歩く。血が、桜の木の根元を彩る。美しく、凛と咲く緑の葉で美しい桜の木を見た白梅は、再度感極まった。_ぱきぱき、と音が鳴る。根元に着いた白梅の血が凍る。丘が少しずつ氷に侵される。桜の木を少しずつ氷が侵略していく。それすらも、この世でどんな物よりも美しいと感じてしまう。

_時は亥の下刻( 11時頃 )。尊華帝國軍の元帥、白梅は氷漬けとなった丘の上で、赤と白と緑のグラデーションが美しい氷桜の木の下で。けらけらと高らかに笑い続けていた_)

命の水-治療失敗-(白梅&雅螺) に続く。