この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

届かない声

(ゼペタル&シャロム)

蕨/シャロム > (シント北端、港近くの樹海にて。この大陸、いや世界で最も辺境の地と言って差し支えないであろうこの森は、太古の自然がそのままの形で残っているかのように鬱蒼としていた。春めいた朧月も枝葉によって大半が遮られ、僅かに月明かりが漏れ落ちてくるのみ。季節外れなほど暗く冷えた木々の中、小さく輝く焚き火を囲む二つの人影があった。その片割れであるシャロムは、夜ながら、まさに昼行灯と呼ぶに相応しい有様であった――兎に角、色々な事が起き過ぎたのだ。帝國と王国とが連れ立ってシントを攻め、その防衛に当たった旧友であるゼペタルは、その長命を絶たれる寸前とまでの窮地に陥った。ただでさえそれを、自身の思想から逸脱しているにも関わらず、救い出すという大仕事を遂げたのだ。更にそれだけに留まらず、ここに至るまでの道すがら、満身創痍のゼペタルを甲斐甲斐しく魔術で治療し続けた。大きな街を避け、人目を忍び隠れながら、本当に何とか辛うじてここまで逃げ果せたのだ。疲労はとっくに限界に達していた。 (18:16:23)蕨/シャロム > ……しかし、この逃亡劇はまだ終わりではない。最早ヨズア唯一の領土ではなくなったこの島から、出奔することを避けては通れないのだから。帝國の魔の手が隅々まで行き届かない内に、シュクロズアリと知れて浚われない内に、海を渡らねばならない。遠路になるが、できれば今回の戦の首謀ではない王国へと向かうのが望ましいだろう。ともあれその為には小舟か筏でも都合しなければ……。このように考える事は山積していても、脳も身体も今までにない過労で休息を欲していた。)……、っ……。(殆ど無意識のままに温い水を啜り、飲み下そうとした瞬間、痺れるような喉の痛みを感じた。それは反射的に咳き込むことすら躊躇われる程で、そこで初めて喉を酷使し、負傷した事実を思い出す。一度気が付いてしまえばその疼痛の度合いは異常としか言えず、不快感に顔を顰めた。すぐに首から下げた石細工に手をやるが、頭が働かないせいか、何度指でなぞっても魔術が発動する気配はない。……仕方なく、概ね回復しているあなたの服の裾を軽く引っ張った。自分の為の余力など計算せずに、がむしゃらに全てを傾けて助けたあなたに、今度は自分が乞う番だった。)

〆鯖/ゼペタル > (シント防衛で半死半生となったゼペタルが幸か不幸か死に損なった事に気づいたのは、シャロム、あなたの手によりとっくに森へ移動してからの事だった。生死をさまよう夢幻の中焚き火とあなたの手の暖かさがこの世へと意識を引き戻し、長い間意識はこちらとあちらを彷徨っていたが、夜になる頃にはようやくその心眼を開けあなたや森の気配を感じる事ができるようになっていた。そして気づくのだ。ゼペタルはあなたに、古きヨズアの神に生かされたのだと。)……シャ…ロム……。……お前……。(複雑に交錯する感情を処理しきれずに、たった一言そう呟く。決して戦争を好まず、平和の字を冠するあなたがどんな風の吹き回しか戦火の渦巻く中心に飛び込んできた事が何よりもまず、信じがたくて。問い詰めたいけれど、疲労困憊といったあなたの様子を感じ取れば、ただ言葉を失うばかりだった。)……シャロム…お前…。(白湯を啜り、喉を鳴らすあなたの小さな機微に反応して、シントの燃えるさまを思い起こす。熱風、煙、煙塵。全てがお前の魔術師生命を殺しにかかる毒牙だったはずだ。服の裾を引っ張られれば、長い付き合いからかその意図を察した。) 
(18:48:54) 〆鯖/ゼペタル > ……あぁ、あぁ。迷惑を、掛けたな……待っていろ、今……。(おそらくは、一晩中寝ずの治療をしてくれていたのだろう。それは自分の身体の軽さが物語っていた。さすがに完全回復とはいかないが、少なくとも言葉を発せられる程度には回復している。杖には治療魔術は掘られていない、あなたの気配のする方へ向き直ると、ゼペタルは髭の下でゆっくりと口を開いた。適正魔術ではないけれど、なんらかの気休めにはなるだろう。)…ダー・ニト・ロロイ・シュクロズア。…偉大なるヨズアの王よ、古の神への天窓となり給え。癒しの光、その加護を…われ望む。(確かに呪文は紡がれた。しかし何も起きないばかりか、身体の中から湧き上がる魔力の渦さえ感じられない。……空っぽになったかのような肚の底に悪寒がし、どっと汗が吹き出す。……まさか、まさか。)…ダー・ニト・ロロイ・シュクロズア。…シュクロズアよ、我と神とを繋げっ…。癒しの光を、加護を、神助を…我望む。ゼペタルの名において、冀求する。……ダー・ニト・ロロイ、シュクロズア。
 (18:49:05) 〆鯖/ゼペタル > (焦りに綻びはじめる呪文をなんとか紡ぐ、より大きな声で、より響くように。傷ついた老体を酷使して捧げられた神への祈りは――――届かなかった。)……何故……何故だ……っ、(頭を抱えて長い髪をがしがしと掻いた。もうゼペタルにもその理由は解っていた、届かないのではない、自分はもう、魔力を失ったのだ。…身体が軽くなったのは、あなたに治療されたからだけではなかった。)……サラ……。(口から漏れ出た、自分の真名を知る人物の名前。シュクロズアにさえ真名を教えなかったのは、何よりもシュクロズア本人の希望であったから、ゼペタルはこれまで人に真名を教えてこなかった。もしかすれば、シュクロズアの居ない今、ヨズアと共に諸共死ねるのであれば受け入れようという気持ちが、ゼペタルの思っていたよりも強かったからかもしれない。…それが今、ゼペタルを深い絶望に追い詰めていた。)…う、う…あぁあっ……くそっ……シャロム…うううっ……(声にならないうめき声をあげる。) (18:49:09) 


蕨/シャロム > 状況や事情を深く追求することなく、まず自分の要求に応えて唱えられた癒しの呪文。その場凌ぎであろうと有難い、と息を吐く。――しかし、期待とは裏腹に虚しく響いたその言葉が、今や魔術ではないことに……只の嗄れ声に過ぎないことに、疲れた頭では理解が追いつかない。喉を刺すような苦痛は相も変わらず続き、些かも治まる所を知らない。暫しの間、呆然とあなたを見つめるばかりのシャロムであったが、その焦り、悲しみ――とうに光を失った筈のあなたが、今一度深淵の暗闇に投げ出されたかの様子を目の当たりにして、漸く悟る。――真名を、失ったのだと。)
蕨/シャロム > ……、……。(唇を開いても、その音が空気を震わせることはない。自分の名を口にしながら唸るあなたに、同じように字を呼び返してやることすら叶わないのだと知ると、いよいよ途方に暮れるしかなかった。――シントを奪われ、唯一無二の人をも喪った、その深い絶望を慮るゆとりも、喘ぐあなたを慰める余裕すらも殆ど残されていないと感じる中、それでも何とか、その丸められた背中に手を触れて摩った。それこそ本当に気休めに過ぎないかも知れない、それでも、魔術どころか一言も発することが出来ぬ今、シャロムに可能な最大限の心遣いだった。) (19:39:21)

〆鯖/ゼペタル > (惨めたらしく丸められた背中にそっと掌の暖かさが伝わる。師と共に取り戻した小さな国、人知れず心の中に住まわせていた初めて愛した女性、古きヨズアの神と関わる為の術……。ゼペタルはあまりにも一度に失った多くのもの達に思いを巡らせた。親になり損ない離れていった愛する弟子、そしてシャロム、お前の声までも。……枯れていたかと思ったものが目頭から溢れ出て鼻をつんと刺激する。)……俺…は……愚かだ。……生きる事も、死ぬことも、ままならない。(長い長い逡巡。目の前のあなたを助ける方法が無いわけではない。だが離れていったたった一人の我が子のことを思えばあまりに恐ろしい。それに、己が再び魔術師として改めて戦いの中に身を投じるという覚悟を持ってしなければいけない。それを、お前が望んでいるのかどうか……。嵐のように交錯する激情の中、ちらちらと陽炎のように心を燃やしていく一つの感情だけがずっと頭を離れなかった。『お前を助けたい。もう、助けられっぱなしはうんざりだ。お前もいつかどこかにいってしまうかも分からない。カヤや、サラや。シュクロズアのように。』) (20:04:26)
〆鯖/ゼペタル > ……シャロム。……これは、俺の単なる利己に過ぎないかもしれない。だが、たのむ。……しっかりとその耳で、聴いてくれ。(すう、と息を吸い込み止める。息と共に吐かれたその名は。)……アシェド、それが俺の名だ。(肚の底がかっと熱くなり、魔力が渦巻くのを感じる。暗闇の視界中震える手を彷徨わせて、あなたの首に触れた。)…どこかで聞いているだろうか、シュクロズア。あんたは、殺されてもよいと思った相手にのみ真名を教えろと俺にきつく教えたな。……こやつが居なければ死んでいた命、ならば、そう思っても構わんだろう。……頼む、俺の魔術を聞きとどけてくれ。こやつを……シャロムを、救ってくれ。シュクロズア-ヨズアを救うもの-よ。(先程よりもゆっくりと、丁寧に癒しの呪文を詠唱する。それが聞きとどけられたのを、手の先に集まる熱によってゼペタルは感じとった。)……うっ、……く、……シュクロズア…っ……(ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、あなたの首をさすった。聞きとどけられたのだ、ヨズアの神に。たった一人の、大切な師匠に。)

蕨/シャロム > (――二十年余りの付き合いになるだろうか。その歳月を経て遂に伝えられたあなたの真名は、紛うことなく発動した治癒の魔術と共に、シャロムの傷付いた喉に、胸の内に、ゆっくりと静かに染み渡っていった。泣き濡れる旧友の顔には幾つもの深い皺が刻まれており、涙は骨ばった輪郭に沿って服へと、森の土壌へと零れてゆく。……いつの間にか、自然と瞼を下ろしていたようだった。そのまま、喉を包んでいたあなたの手を取ると、旅団の証である刺青ごと露わになる。漸く紫紺の瞳を覗かせて、その掌を眺めた。似たような褐色の肌、けれども自分のものよりもずっと草臥れたそれは、経た幾星霜を感じさせる。……そして、緩慢な動きで自分の指先を這わせた。自らの真名――“ユーロギア”、と。) (21:01:42)
蕨/シャロム > ……アシェド。(微かに笑みを湛えながら呟かれたその名は、まだ辛うじて聞き取れる程度の、枯れた声だったかも知れない。それでも、確かに音として形を成し、森の涼気を揺らした。)……ありがとう。ぼくは……ユーロギア。また、これで……名前、呼べる。(幾分かましになった喉の痛みの代わりと言わんばかりに、全ての疲労がシャロムに重く伸し掛かってきた。眼は今にも再び閉ざされようとしており、もぞもぞと地面に蹲るが早いか、最後にもう一言だけ漏らされる。)……おやすみ。(わざわざ就寝の挨拶など、予てからするような間柄ではなかった。だからこそ、深い感謝と喜びを示す為に。――朧月が仄明るい春暁と溶け合う中、たったひと時、安息の眠りに就くのだった。)〆 (21:01:48)