この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

口止め

(火津彌&エクヴェル)

火津彌 ◆ > (極秘作戦であるところの美虎攻城を控え、尊華を発つ少し前の話。…火津彌は自室にて、煙管の先に刻み煙草の葉を詰めながらある人物を待っていた。…以前もここに来た事があるから、部屋に来いと言えばわかるはずだ。この部屋に燐寸の類は置いていない。狐火を灯すだけの簡単な魔術を詠唱して、煙管の先に火をつける。書斎の椅子に深く腰をかけ、ゆっくりと煙で肺を満たした。……貴族はあまりこういうものを好まないから、人前で吸うことはないけれど。これから起きるであろう動乱に心中穏やかではない火津彌は、何か手慰みになるものを…部屋に来いと申し付けた人物に見られるのも憚らずに求めた。)…ふぅ……。(煙管を吸っている時に鼻で呼吸をするのは少しみっともない。煙をほとんど肺の中に残して、少しだけ白い息を吐き出した。) 


エクヴェル > (いつ尊華を発ち、仕事場である王国へと戻ろうか……そんなことを考えながら羽を伸ばす日々を送っていた、先程までのことが嘘のようだ。佐官直々の呼び出し。こんなことは、そうあることではない――少なくとも、現職に火津彌が就いてからは初めてだった。先日の報告の際に多少打ち解けたとはいえ、異常事態と言って差し支えない。エクヴェルは緊張を身に宿しながら、再びその部屋を訪れた。)……エクヴェルです、参りました。……失礼致します。(軽くノックをして挨拶し、中から返事があると、丁寧に扉を開く。瞬時にその匂いが鼻をついた――明らかに趣味の茶のものではない。この方は喫われるのか。僅かに白く籠もった煙の向こうにその顔を認めれば、内心驚いた。自分が機微に敏い間者だからかもしれないが、その表情には、自分以上に強張ったものを見て取ることができたからだ。――これはいよいよ、只事ではない。何を告げられるにしても、覚悟を固めておかなければ。心中を整理しつつ、改めて頭を下げる。)……お呼びでしょうか、佐官?


火津彌 ◆ > (静かな部屋に軽いノックの音が響く。返事をしてやると、その密偵という職業柄か、音を立てずそっと扉は開かれた。)……来たな、エクヴェル。入り。(いつにも増して厘都の訛りが強い口調であなたを部屋に招き入れる。煙管をもう一度口に含み空を見つめて思案する。まずは椅子を勧めようか。それから茶…いや、最近どうだなどと労ってやるのが先だろうか。…思考はふわふわと煙の中に浮かんでは消えていき、沈黙が漂った。少しだけ腰を浮かしてギッ、と音を立てて座り直し、あなたに体を向ける。)……全部知っとんのやろうな、お前は。なぁ、密偵よ。(思案の末、火津彌は本題へと切り込んだ。じっと目を見てあなたの反応を伺うも、密偵を相手に心理戦を図るのも馬鹿らしい。知っているのだ、すべて。)
火津彌 ◆ > ……荒れんのは時間の問題や。お前さんが中将に密告をしようがしまいが、僕は……私は美虎へ行く。しかし、我ながら不思議なことやけれども、どうしてかお前さんに一目置いているところがあってな。……こんな口止めでも役に立つんと違うか。そう思ってな。……エクヴェル、こちらに付く気はないか?(煙管台に煙管を置き、机の上に手を置いた。煙管を扱うために脱いだ手袋は曝け出した心を表しているかのようで少し気恥ずかしく、火津彌はその手を組む。密偵が戦争に参加して戦う事はそう多くないだろう。しかし、状況が状況なだけに、後ろで治療にあたってくれる人員だけでも欲しいところだった。すべてはこの美虎攻城が成功しさえすれば。そう、勝てばよいのだ。)


エクヴェル > (煙の色と香り、そして呼吸の音。それだけが場を支配していたが、ひとたび見るからに重そうな口が開かれれば、ああ、その件かと得心が行った。しかしその先の言葉は、予測することすら無意識に避けていたようなもので。けれども何故、と問うのは、あまりに愚かに思えた。今分かるのは――目の前にいる人物が、世界を、尊華を揺るがす戦に加担するらしいということ。自分のような間者に声を掛けるほど、人手を求めているということ。或いは引っ掛けで、自分が反乱分子になり得るかを試しているのかもしれないが……間者としての経験に裏打ちされた第六感は、そうではないと訴えていた。きっと、ごく短い間だっただろう。エクヴェルは脳内を駆け巡っていた思考をまとめ上げ、口に出す。)
エクヴェル > ……佐官。佐官が心配なされているようなことは、私は……俺は、致しません。しかしながら、佐官が期待されているように動くことも、また出来かねます……。……俺は、尊華の所有物でしかないわけです。あなたのような高官とは違って。……ですから……二分した主の片方だけに仕えるという真似は……致しかねます。(ともすれば、無礼だと叱責されてもおかしくはない物言いだった。しかしそれは、上司として一人称を正した、火津彌とは対照的で。捻り出したその答えは、あくまで個人的な考えに基づくものだという意味を込めてのことだった。――無論、彼とほんの少しでも気心が知れていなければ、出来なかった行いではあるが。)


火津彌 ◆ > (あなたの返答を一通り、組んだ手をゆるめることなく頷きながらまずは聞く。必死で”尊華人らしさ”を取り繕いながらもその内面は決して育ちが良いとは言えない、あまりに実直な火津彌にとって、こういったどっちつかずの返答に、予想をしていたもののまたかと思わざるを得なかった。――どいつもこいつも戦争というものを、まるで解っていない。しかし、その身分の高さから誰にも楯突かれる事なく堂々と穏健派を気取る咲夜中将などと比べれば、まだ教育の余地はあるだろう。何しろ、自分はこの密偵に関して知らない事が多すぎる。)
火津彌 ◆ > ……尊華の犬であるのはお互い様や。お前、そんなに保身が大事か。……国に命を捧げろなどと言うほうが時代錯誤なのかもしれん。だが、勝てばよいのだ。勝てば何もかもを黙らせられる。そのための軍や。我々や。……今はそんな悠長な事を言っていられるかもしれん、だが、既に賽は投げられた。……中将のように危険な真似をして王国に寝首をかかれてみろ。その時は、帝國軍を揺るがした裏切りものはそちらになるぞ。(忠告はした。だがそれ以上の処分をする気はない。エクヴェルの処遇はこの戦が終わってみてから様子を見るのも悪くないと思ったからだ。火津彌は煙管の先をコン、と打ち付けて灰を落とした。)……煙に巻くようなばかり言われてはぐらかされるのは、僕は好きではない。……(そう言いながらまた、手袋をはめた。)


エクヴェル > (黒い手袋に収められていく、火津彌の指の一本一本を眺めながら、再度エクヴェルは思案した。自分の言いようを咎められないばかりか、それを更に、遥かに上回る熱量で押し返してきたこの佐官。……不遜ながらも、その立場にいるだけの器量はやはりあるものだ、と少し感心した。追い詰められているのか、真摯であるだけなのか。判断はつかないが、どちらにせよ自分のような一間者に、その心の裏をちらりとでも見せたのだ。相応の覚悟の表れであるような気がした。……であれば、自分も率直な意見を言って構うまい。むしろ、眼前のお方はそれを、それこそを望んでおられるのだ。同じくらいの思いの丈は、発していいに違いない。そう自分の中で、他でもない自身へ許可を下すと、真っ直ぐな視線を手袋をはめ終えた火津彌へ向ける。)
エクヴェル > ええ、大事ですとも、保身が。けれども、俺はこの国の為に、自身の務めを全うする為に、命を……全てを賭してきたつもりですよ。それが裏切り者呼ばわりとはたまったもんじゃない。(その口調はあまりにも失敬で、飄々としたものだったが、エクヴェルにとっては概ね真意だった。そこでわざとらしく咳払いを挟み、語調を変える。)……しかし佐官、今はまだ、“どちら”が賊軍になるかを決めるには早計かと。……ですから、此度の戦は、間者らしく日和見させて頂きます。それからもし佐官、あなたの下で働く心持ちになったのであれば……今、お誘いをお受けしなかったことをお詫び致しますよ。これでも一応、恥は知っております。それこそ、犬のように使って頂ければ幸甚の至りです。


火津彌 ◆ > (この場はこれで終わりだ、下がって良いと口にしようとした瞬間。煙に巻くのは嫌いだと言う火津彌に応えるかのように強い意思の感じる言葉をあなたは返してきた。)…ほう。(怒りや不快感よりも上回った関心。やはり、自分の目に狂いはなかった。尊華の男たるもの、こうでなくては…。火津彌とは対照的に飄々とした響きであったが、その言葉に込められた誠実さを火津彌は聞き逃さなかった。さらに咳払いをひとつした後に続けられた言葉には思わず口角が上がる。…この胆力だ。雑草のような在野精神。欲しい、我が派閥に。)…聞き届けたぞ、その言葉忘れるな。…どう転ぶかは神々のみぞ知る事や、しかし僕は、必ずお前を手に入れる。……気に入った。(そしておもむろに立ち上がり、あなたの前を通り過ぎて扉を空けてやる。)吉報を待て。(いつの間にか煙はかき消え、二人の視界をぼやけさせる曇りは晴れていた。……握手は、次に会った時のためにとっておく事にしよう。)〆