この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

野営

(レフィーネ)

レフィーネ ◆ > (ウェンディア王国領土・ホーリアのとある森にて。〝ミトラを防衛せよ〟とのお触れにより、聖騎士団の魔術師たちは幕を張り野営をしていた。お触れは上から下へ申し伝えられその発信源はわからないようになっている。恐らく密偵から得た情報なのだろうが、聖性を重んじる騎士修道会においては〝神のお告げ〟の体裁を取ることも少なくなかった。蓋を開けてみなければ真偽はわからぬままであるし、もしかすれば本当に神のお告げかもしれない。百騎長レフィーネはぼんやりとそんなことを考えながら焚き火を前に座り込んでいた。……こういった戦の前は皆、軽いトランス状態に陥ったりするもので。レフィーネも例外ではなく、とりとめのない思いをぐるぐると巡らせていた。それが、ウェンディアの行く先の事でも己の命運の事でもなく、直前に別れを告げた友人の事であるのも、やはり若干15歳の彼女からすれば自然なことで。

レフィーネ ◆ > (手慰みに持ってきたお守りのハーモニカを手のひらに乗せて眺めながら、終わりなき自己分析に思い巡らせていた。……百騎長、バッシュさん、アッシュさん。頭の中でえもはやどう呼んでよいのかわからない事が、余計にレフィーネを深い深い思考の迷路に迷い込んでいた。いくら考えてもどうにもならなくて、ふと思いつきでそのハーモニカを吹いてみる。あの人のような繊細な音が出るかと思っていたのに、レフィーネの音色はビリビリと静寂を劈いた。)……っあ…び、びっくりした……。こ、こんなに音が出る、ものなんだ……。(周りには誰も居ないというのに、言い訳のように露骨な独り言を口にした。)

レフィーネ ◆ > (ハーモニカの音色にびくり、と動く影を視界の端に捉えて身構える。目を凝らしてよく見るとそれは狼であった。……幼少の砌から野生動物達と戯れていた慣れからか、持ち前の論理的思考の癖からか。レフィーネは狼に脅える事はなく、ただいつでも身を守れるように呼吸を整えながら、じっとその白銀の背中を見つめた。……狼は人を襲わない、とは言い切れないが。確率的には少ないはずである。しかし、炎を怖がる習性があるはずなのにこんなところまで近づいてくるのは、自分に何か伝えたい事があるのではないかと、信心めいた考えを持たずにはいられなかった。……狼は月の使者であるという信仰は津々浦々に存在し、彼女もそのことを思い出しながら。)……お、おっ、狼さん、こ、こかここには、あああなたの食べ物はありません。……た、た立ち去らなければ、騎士団があ、あなたに危害を加えると、思います。

レフィーネ ◆ > (狼を怯えさせぬよう努めて静かにそう口にする。……それでもやはり立ち去る気配がないのを見て、レフィーネは呪文を奏で出す。濡れた草の中から若葉が萌え、それは野苺となった。……食べ物を与えれば襲ってこないかもしれない、という考えから。野苺は夜露に濡れてきらきらと光り、まさしく使者への供物として産まれたように見えたが。) 

レフィーネ ◆ > (狼は野苺をくんくんと嗅ぎ、その場を去ったかと思うと、次には仲間を引き連れて戻ってきてしまった。……そして、二匹仲良く野苺を食む姿に、レフィーネは警戒心を解いた。本当に神の使者であるならば自分の考えなどお見通しなのだろう。あまりに馬鹿げているとは思いながらも、高揚感がそうさせたのか。レフィーネは狼に語り出した。)

レフィーネ ◆ > ああの、わたし……。こっ、ここに、来る前に、ある人と別れて、きました……。さ、さっきから、ああ頭を離れなくて。か、悲しいのか、じじ自分でも解りません。ただ、心にぽっかりああ穴が空いたようです。……友と呼べるのかすらわわかりません。ただ、ひ、人の気持ちがあああんなに解ったのは産まれて初めてで。ず、ずっと、他者とのかかわりをもとめていた、わ、わたしにとって、初めて世界に触れたのに等しい、感覚でした。……いいいままでの、人生って、なんだったのかなって、か、か、考えてしまうほどに。(狼は突然辿々しく喋り出したレフィーネを見たが、そこから一歩も動く事はなかった。一人と二匹の間にある炎はパチパチと音を立てながら揺れ、こちらとあちらの世界を繋ぐかのように、大気を揺らす陽炎となっているかのように見えた。ゆらゆらと、ゆらゆらと。)

レフィーネ ◆ > ……せ、せ、せめて、心の中であああの人を、呼ぶ事が、できたら。そ、それだけで、わたし。拠り所にする事ができるのに、もう、何と呼んでいいかも、わわわからないんです。…は、初めから、いっ、居なかったみたいに、手の間から灰が、さらさら、おお落ちる、みたいに。あああの人がいた事を、か、かっ、噛みしめる術すら。わわわたしには許されて、いいいないのでしょうか。  

レフィーネ ◆ > (伏せていた目をまた狼に戻すと、焚き火越しに見える獣たちは三匹に増えていた。仮にも百騎長である自分が気づかぬうちに降りたったのだ。目の前の異常な光景に確信を強めていく。……狼は月の使者である。ならば、あの時彼が脈絡なく発した誓いに意味を持たせても良いだろうか。……もはや、それが整合性を持たない願望だとしても。天命と、あの人を結ぶものであると、勝手に思っても良いだろうか。勝手に、それで良い。ただ、心の中で呼ばせてくれるならば。……今ひとつ実感を持たない詭弁を後押しする為、レフィーネはもう一度声を上げて歌を歌った。)……花よ、薫りよ、生命の芽吹きよ。我が心を占いたまえ、月の神の名の下に。

レフィーネ ◆ > (レフィーネの歌声に応えて紫色のつゆくさが地面から顔を出す。指先で摘めるほど小さく繊細なその花に、彼の姿を重ねた。……花言葉は「尊敬」。その結果に、深いため息を吐き、眺める。夜露に頰が濡れて、流れ、顎を滴り落ちる。)お、おっ…おかしいなぁ…。そんなに、きっ、霧は濃くない……のに。(レフィーネは腕で顔を覆い隠しながら、炎や狼や、己に語りかけた。)そう、そうです、そっ、尊敬、してました。ばかみたいにまっすぐで、こっ、高潔な、あの人を。わ、わわ、私をひとりにして、戦におお送りだすような、いっ、いっ、いくじなしなのに。まっ魔術も使えなくて、わっ、わたしより、弱いのに。ぼろぼろになりながら、せ、せ、誠実であろうとしたあの人を。(一思いに言い切ると、息をしゃくりあげて泣き出した。戦いの前に未練を断ち切れて良かった。自分なりに精算できたのだ。そう、言い聞かせながら。)…….シンシア。(自分にしか聞こえない声で呟いた。月明かりに、惑わされながら。)〆