この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

南瓜とクッキー

(アッシュ&ゼペタル&シャロム)

アッシュ > 尊華帝國⋯帝都。小さな広場の片隅にて。)「⋯⋯美味しいバタークッキーは⋯いかがですかー⋯⋯⋯⋯っ!」((立派な桜の木陰に立ち、談笑する声よりは大きく、かと言ってウェンディアの客引きよりは遥かなに小さな声で呼び掛ける、黒髪黒目の、尊華では一般的な風貌の男。彼の横、地面に敷かれた布の上には、クッキーが詰められた紙製の小袋が何個か置かれており。硬貨一枚で買える程の値段ではあるのだが。)「⋯⋯⋯そう、上手くはいかない、か。」((通り過ぎる人々の多くは見向きもせずに去ってしまう。尊華人の様にもっと回りくどい自賛の方が良いのだろうか、そうは思うも、やはり自分にはできそうにもなくて。フードは取っているし、怪しくはない筈。人通りも露店も、花祭りのウェンディアよりは少ない筈なのに何故か上手くいかなくて、木陰の下で表情を曇らせる。⋯⋯が。───こんな事で諦めてなるもんか。俺は誰にも頼らなくても、生きていけるようにならなくちゃいけないんだから。澱んだ瞳に少しだけ熱意のような何かを宿して。再び彼なりに声を張り上げるのだった。


シャロム > (天に輝く太陽の日差しは柔らかく、暖かい。さほど遠くはないどこかから、子供達のはしゃぐ声が絶え間なく聞こえる。まさに散策日和、春の気持ちいい陽気の中で、シャロムは盟友であるゼペタルと共に尊華の広場を逍遥していた。自身の喉のこともあり、さした会話はないが――もう知り合って何年になるだろうか?会話がなくとも気まずさは露ほども感じない……少なくともシャロムはそうだった。例え、そう思っているのが自分だけであったとしても、気に留めないが。)……ん……?(その顔で唯一露出していると言っていいシャロムの眼は、ふと揺れて落ちてくる空中の花弁を捉えた。ほんの小さい、白くて可憐なそれが、どこからかちらちらと運ばれてきていることに気付くと、体ごと向き直る。――そこにあったのは、淡紅鮮やかな、まだ若そうな一本の桜の樹。ああ、そうか、今年も尊華ではそのような時期になったか……。目を細めると、その樹下に一人の物売りを認めた。そこにいるのが自分であっても可笑しくはない、と思いつつ、深く考える前に足先は桜へと向かっていく。……同行している老木には、何も告げることなく。)


ゼペタル ◆ > (ゼペタルは唯一の領土・シントをはなれてシュクロズアリとして旅をしていた。尊華帝國帝都、エイゴウはシントから最も近い位置にあるため、どうにもこうにも避けては通れない。手の刺青を包帯で隠し、同胞のシャロムに先導されながらゆっくりと、しかしゼペタルにとってはわりと急いでいるつもりで、杖をついて歩いた。いつものローブに、マントを風呂敷代わりにし、その中をゼペタルの魔術で慈しみ育てた野菜達でいっぱいにして、肩にかついで歩く。路銀を稼ぐ手段がないゼペタルにとって、この”お弁当”は苦肉の策だった。実際、かなりこれのせいで体力を消耗している。)……シャロムよ、もう少しゆっくりは歩けんのか。船旅は爺にはきつかったしの、もう帝都だろうがなんだろうが構わないから、休みたいのだが……。(ふわふわに蓄えたひげの下で、もごもごと口にしながら沈黙を破る。…同胞からの返事はない。) 
ゼペタル ◆ > ……ん?…シャロム…おい!……シャッ、シャロムッ…!あ、あやつめ…また…!!(いい歳をして猫のように奔放な盟友の突然の放浪は、今に始まった事ではない。立ち止まり耳を済ますと…街の喧騒に混じり、尊華人にしてはやけに控えめに客引きをしている声が耳に入った。……ウェンディア風の訛りか?それはよくよく気を付けて聞かなければ聴き過ごしてしまう程度のもので。…ウェンディア人にしては周りの尊華人が静かであるし、なんだかキナ臭いような…。ははあ、シャロムめ。さてはそこだな。ゼペタルは妙な物売りの青年の声のする方へつかつかと歩いてゆき、思い切り彼を呼んだ。)おい、……そこの男!何をしている!(…シャロム!と呼ぼうかとおもった。しかし思いとどまり、そこの男と変な呼び方をしてしまったのは、それが尊華にはない名前だと思い立ったからであった。口に出してしまってから、なんだか変な言い方になってしまった気がする。とゼペタルは思った。) 


アッシュ > めげずに声を張り上げたは良いものの。結果は芳しくない。〝やっぱり俺なんかに⋯⋯〟そうやって、いつもの様に、以前と同じように自信を無くしかけた時だった。すっかりモノクロの世界に戻ってしまった、視界の端に映った人影が此方へと近づいてくる。⋯⋯もしかして。ごくり、と喉を鳴らして静かに視線を向ける。⋯、やっぱり、こっちへと近付いてきている。でも、もしかしたら桜を見に来ただけかもしれないし、単に通り過ぎるだけなのかも。⋯だけどっ!ここで言わなかったらいつ言うんだ!⋯いつまでも逃げ腰な自分を心の中で叱咤すると、徐に足元の紙袋へと体を曲げて手を伸ばし。口元を隠した人物に見えるように両手で携えると。口を先走るように僅かに開いてから、改めて息を深く吸って声を張り上げた。)「⋯⋯っそこの方⋯!この、バタークッキーは要りませんか⋯?美味しいですし、銅貨一枚なので⋯⋯、是非。⋯⋯良ければ⋯⋯。─────っ!?」
アッシュ > ((最初こそ、語尾を強めた売り文句だったのだが、後半になるに連れて語勢は弱まっていってしまい。作っていた下手くそな苦笑いもいつしか無表情に。⋯そんな時だった。彼の更に後ろから掛けられた大声に、びくり、とローブの上からでも分かる程に肩を揺らして。紙袋をどさり、と布の上に落としてしまっては、無意識のうちに一歩下がり、桜の幹に背を預けて。⋯⋯な、何か俺、不味い事でも。立派な髭を携えた老人ではあったが、それだけに尊華では有名な権力者か何かなのだろうか、と勘違いしてしまい。落とした紙袋に視線を向けることすら無く、あからさまに沈んだ声でぼそ、ぼそ、と言葉を紡ぎ始めた。)「す、すいません⋯⋯。⋯⋯何か、しました、でしょうか⋯⋯。」


シャロム > (元より、自分のものと同じような、その粗末な店を覗くつもりだった。どうやら明らかに自分に向かって客引きをしている、となれば、更に寄っていかない理由はない。が、シャロムはその声の内容に一段と大きく反応した。……バタークッキー?迷うことなく、小走りで物売りの前まで駆けていこうとして――背後からのゼペタルのがなり声に、静止する。そして、しばしその妙な呼びかけの意図を思案している時、もうすぐそこに立っていた店主の青年の手から、慎ましやかな紙袋が滑り落ちるのを見た。)……あ。(いくらシャロムでも、その状況は容易に把握できた。ゼペタルは自分を呼び止め、それを自分のことだと勘違いした青年が、どうやら怯えているらしい。……シャロムは何度かまだ距離のあるゼペタルと、青年とを交互に見やったが、そのうちに店の敷き布の前まで歩みを進める。そしてしゃがみ込むと、落とされて皺の寄った紙袋の中を覗き込んだ。いくつか割れてしまっている、丸くて黄金色のそれ。しかし、焼き菓子特有の香りが、僅かにシャロムの鼻腔をくすぐった。)……美味しそう。


ゼペタル ◆ > (青年の怯えた声を受け、ゼペタルは己の失敗を察した。ああシャロム…一体何をしている。やきもきしながら近寄り、ようやく彼の気配を見つけてほっとする。)…い、いや、その。…そなたにではなく…シャ…シャ…しゃろく。(なんとか、尊華人らしい響きをひねり出し、改めて言い直す)しゃろく、うむ、写六。こんなところに居たのだな。儂だ。ゼ、ゼ…ゼン爺だ。(シャロムが余計なことを言わないよう、先手を打って自己紹介も済ませておく。膝より下のほうから、美味しそうと子供のように呟く声。そして先程の客引きの声、鼻孔を擽る甘くて香ばしい薫りに、無口な彼の考えを読み取り)…な……くっきい…だと?…き、貴様…(シャロムを相手にしていると、ついつい素の口調が出てしまう。こほんと咳払いをし、好々爺らしい口調に戻す。)…お主、儂のこの背中の物が見えんのか。老体に鞭を売ってこんなものを担いでおるのは丸物がないからなのだぞ…。贖いたければ己で…と言いたいところだが、お主の路銀も虎の子なのだ。こんな所で散財してはいかんだろう、聞き分けてくれ、な。写六よ。すまぬな青年よ。いくぞ写六。(ぎこちなく捲したて、杖をトントンと地面に打ち鳴らした。) 


アッシュ > ⋯⋯一巻の終わり、なのだろうか。ここでは露店を開いてはいけない決まりでもあったのか。少なくとも、尊華にも居られなくなってしまったら、俺の居場所は。⋯いや、もしかしたら居場所なんてもう俺には無いのかもしれない。そんな最悪の未来ばかりがぐるぐると渦を巻いては、表情をどんどんと暗いものへ変えていく。───だが、どうやらまだ彼の長い永い旅は終わりではなかったらしい。)「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ。」((⋯⋯理解するのには少しの時間を要したけれど。どうやら、自分にでは無いらしい。逃していた視線をそっと老人⋯⋯いや、ゼン爺さんと言ったか、そちらに向ければ、〝盲目〟なのが分かった。目の前でしゃがみこむ人物との関係は分からないが⋯どうやら旅人のよう。自分よりも長い人生を生きたであろうこの人が、どんな道を歩んで来たのかは分からなかったけれど。苦難ばかりだったのだろう、と勝手に想像してしまい。「い、いえ⋯⋯こちらこそ、すみません⋯⋯。」とゼペ爺に返してから、しゃがみ込む、写六?という人物の目の前でそっ、と紙袋の口を折り畳むと。)  
アッシュ > 「⋯⋯沢山割れてしまっていますし⋯⋯、もう売り物にはならないですから⋯。⋯⋯お代は要りません⋯ぜひ。────お連れのあの人にも、分けてあげて下さい。」((「美味しそう」という言葉が聞こえて居なかった訳では無い。たださっきは、それどころでは無かっただけで。さっきの言葉は確かに嬉しかったし、盲目な上に年老いたおじいさんも、可哀想で。だからせめてもの気持ちとして、写六に紙袋を差し出した。魔力は宿ってないけれど、『あなた達の旅に幸あれ』と祈りながら。  


シャロム > (もし、ゼペタルが多少の違和感を嫌って自己紹介していなければ、シャロムはそのまま字を呼んでいただろう。しかし、わざわざその方策を反故にするほど、シャロムは捻くれていない。素直にその奇妙な偽名で彼を呼び、弁解を試みる。)……や、ゼン爺。爺が驚かせたせいで……クッキー、割れ……コホッ。(慌てたからか、思わず声を張り上げかけ、軽く咳き入る。シュマグの布地の上から喉をさすりながらも、店主の青年の思わぬ申し出に目を丸くした。)や……それは、だめ……!(品物こそ違えど、自分も行商して生計を立てている身。決して楽な生業でないことは知っている上、青年はどう見ても自分達より年下だ。とてもではないが、それを有難く受け取るわけにはいかない……と説明するには、シャロムは余りにも力不足だった。急かす上に、吝嗇家の“ゼン爺”を睨め付けていたが、ぱっと目の輝きを取り戻す。) 
シャロム > …………。……!ぜ……ゼン爺、何か、ないの。その……マントの中。……お菓子に、使えそうな……野菜とか。重い、なら、尚更……。(喉を気遣い、ゆっくりと喋りながらも、行動は機敏だ。言い終える前から、ゼペタルが背中に負うそれに手をかけ、グイグイと引っ張り始める。)


ゼペタル ◆ > (物売りの青年の言葉、そしてシャロムの言いかけた言葉を聴き、先程己が脅かしてしまったせいでクッキーが割れたのだと察した。とりわけ無口なシャロムとは付き合いが長いせいか、短い言葉の中から多くことを頭の中で補完して察する癖がついてしまっている。…必ずしも、その解釈が正しい時ばかりでは無いのだが。目の見えない己はシャロムの、言葉よりもお喋りな身動きは見えないから余計に。)…な、割れ…(割れさせてまったのか?とシャロムに尋ねようとすると、ふいに風呂敷代わりのマントをぐいと引っ張られてよろめいた。)
ゼペタル ◆ > おわッ…!きさま……ゴ、ゴホン。写六ッ!わかった、わかったから話せ!死ぬではないか!……はぁ、はぁ……。青年よ、済まなかったな。お主の手間のかかった売り物とは釣り合わんかもしれんが、このかぼちゃなら少しは食いでがあるかもしれん。受け取ってくれるかの。(売り物を駄目にしておきながら、 あまつさえそれを頂くようなまねは流石のぜペタルにもできなかった。事実マントの中は重くていっそ捨ててしまいたかったし、シャロムの思いつきはあながち満更でもなかった。カボチャをその場に置き、クッキーを受け取るかどうかの処遇はシャロムに任せて。)…写六よ、参ろう。青年よ、お主に幸あれ。(ゼペタルはそう言うとその場をあとにした。なんてことない日常。ほんの一時の交歓。魔術師達の運命は少しずつ交差してゆく。)〆