この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

さよなら

(アッシュ&レフィーネ)

アッシュ > 3月の夕暮れ。花祭りの時期はウェンディア王都が最も賑わい、人通りが多くなる時期だ。古来より続く伝統のこの祭りは、ウェンディアに住む人々にとっての一大イベント。とある家族は日頃の感謝の気持ちを込めて花を送り合い、穏やかな団欒の時間を過ごし、はたまた何処かでは喧嘩ばかりの幼馴染が、口に出せない秘密の感情を花に込めて、甘酸っぱい春を謳歌していたり。色とりどりの花と感情に彩られた街とうららかな春の日差し、時たま聞こえる春鳥の鳴き声に包まれるこの頃、もう日は沈み掛けではあるけれど、この時期は日が暮れても熱気が冷めやらない。────だが、光には必ず影があるように、沢山の問題も伴うものだ。) 
アッシュ > 『っぐ、⋯⋯ママ⋯⋯どこ⋯?』((大通りから少し逸れた所にある、いつの日か誰かがハーモニカを演奏していた、噴水と大きな木が目印の広場。ここにも、母親とはぐれてしまったのか、泣きべそをかきながら辺りを見渡す少女が一人。往来が激しいこの時期はそうそう珍しいことでもない。頼れる親とはぐれた迷子の少女にとっては、大通りの人混みは恐怖そのものだろう、人気の無い場所に来るのも頷ける。⋯が、この時期、この広場にやって来る人は殆ど居ない。居るとするならば、人混みに疲れた人か大通りに向かう途中の人。⋯⋯それこそ、祭りに顔を出したくない人とか、その程度のものだろう。⋯影がもう一つ。
アッシュ > 「⋯⋯君、迷子、か?」((きっと子供に話し掛けたこの人物も、前述した理由に漏れない。身を包むぼろぼろの茶色いローブは、土や砂利が付着しているのに合わせて、黒や灰色の汚れが目立つ。それに加え、漂う匂いは鉄と炭の匂いが混じり合ったような、埃臭いもの。⋯男は、早朝から続いていた仕事、今日は坑道での鉱石採掘作業を終えた帰り道であった。夕焼けの中、自分の腰ほどしかない背丈の少女を見下ろす黒い瞳には光という光が宿っておらず、それこそ暗い宵闇の深淵を彷彿とさせる。⋯少なくとも、頼れる両親とはぐれ、孤独に怯える少女に向けるには、些か暗すぎた。)
アッシュ > 『⋯⋯っ。』((怯えて後ずさる少女に、男⋯アッシュはごくりと生唾を飲み込んだ。フードの下の黒瞳に悲しげな色を浮かべたが、少女がそれを理解するにはまだ若く、そしてアッシュの事を知らなすぎる。⋯アッシュは分かっていた、普段より汚れているなんてのは言い訳に過ぎず、何度も鏡で見たこの淀んだ目と、身を隠すぼろぼろのローブ姿は、誰が見ても怪しいし、怖いと。分かっていたのに話し掛けてしまうのは、きっとこれから先も変えられない性分なのだろう。何とか安心させようと、深く被っていたフードに手を掛けて、隠していた顔を顕にした。ぼさついた黒髪に、もっと黒い瞳。左頬の傷。〝敵国〟である尊華人らしい容姿が少女にどう映るかは分からないが、フードをしたままよりはマシだろうという判断で。人前で決して顔を晒さないアッシュが、迷子の少女一人の為にここまでするのは本気の証拠。この子の両親を一緒に探す為に特徴だけは聞いておきたい、と少女の肩に手を伸ばした所で─────乾いた音と衝撃に、視界がぐらついた。) 
アッシュ > 「⋯⋯⋯⋯っ!?」((突然の衝撃によろめいて、どさりと尻餅をついてしまい、じんじんと熱い頬に手を当てながら見上げると。そこにはまだ若いが十分に大人の女性が一人。女性の腰に抱き着く少女と、瞳と髪は同じ色。そして何処か似通った顔付きに、アッシュはすぐに少女の親だと気付く事が出来た。少女を抱き寄せながら見下ろす瞳は酷く冷たくて、アッシュは視線を逸らす事しか出来ず。その後、少女の手を引いて去っていく、その足音だけを耳で聞き続けた。どっと襲い来た倦怠感に立ち上がるのすらも億劫で、そのまま座り続け、聞こえるのが遠くの喧騒と、吹き抜ける風の音、そして夜の始まりを告げるカラスの鳴き声だけになってから。頬に当てていた手を力無く落とし、地面に指を突き立てて⋯ぎゅうう、と土塊を握りしめた。──今になって熱かった頬は痛み出し、頬に吹き付ける冷たい風が、痛みを静かに加速させる。⋯⋯『良かったな』って気持ちだけを抱ける人間に、なりたかった。 


レフィーネ ◆ > (オレンジ色の西日が王都を照らし、箒で掃いたような筋雲が紫色にたなびく誰そ彼時。仕事も1日の祈りも済ませたレフィーネは、あの噴水に向かっていた。…そこに居る気がして。友と呼ぶにはまだ、互いにきごちなく。単なる知り合いと言うにはあまりに知りすぎている、あなたが。丘の麓からは、震えるような旋律が微かに聞こえた。——やっぱり、そこに……。そう思ったのもつかの間、ハーモニカの音は途切れ、聞こえなくなった。) 
レフィーネ ◆ > ……?(もうやめてしまうのか。せっかく早く仕事を片付けたというのに…。レフィーネは心の中でそう独り言ちた。尤も、今日は早く終わらせなければならない日だったのだけれど。なにせ、いつまでもウェンディアで雑務などしている場合ではない…百騎長の名は飾りではないのだ。今日会えなければ、一生会えないかもしれない。次第に早歩きになり、丘を登る。バサバサと羽音を立てながら鴉達そして子供連れの女性とすれ違いながら噴水へたどり着くと、そこには〝黄昏〟ているにしてはちょっと悲愴感が漂いすぎなんじゃないのかな…と思うような、茶色いフードの後ろ姿があった。)……ア、アッシュさん……?(一歩二歩と、あなたへ歩みを進める。なぜか地面に落ちているハーモニカを拾い上げて。)  


アッシュ > 「⋯⋯、」((座り込んで俯くアッシュの耳に、また足音が聞こえてくる。さっきの二人のどちらでもないのは分かったけれど、近付いてくるソレは今のアッシュにとって、恐怖でしかなかった。罵倒や軽蔑の類いは言われ慣れている筈なのに、やっぱり慣れてない。視線の1つも向けることなく、そのまま消えてくれと、祈りながら。────しかしその祈りは届かない。太陽神がお隠れになりかけているからか、それとも。)「⋯⋯!⋯⋯レフィ、ーネ。」((困惑の様なえも言われぬ感情を孕んでいるのは分かったけれど、聞き間違える事などない。心臓をどくりと跳ねさせてから⋯、ゆっくりと力無く振り向いた。西日を受けながらも鮮やかに、自分の色のままに輝く瞳を見上げ、そしてハーモニカを握る手、最後にはやはりレフィーネの足元の地面、と下がっていき、普段よりも感情の乗った瞳を伏せる。間違いなく負の感情ばかりを宿したものだが。
アッシュ > ⋯誰も俺に近寄らないでくれ、と祈ったばかりなのに、レフィーネの声を聞いた瞬間に跳ねた胸の理由が、酷く情けなくていやらしい。気付かないフリを出来る程に、年端もいかないこの少女に向けている気持ちは小さくない。過去に根を張り、枯れかけていた信頼や親愛の感情は今やまた花を咲かせ始めていた。────結局、そっと顔を上げ、不器用に会話を繋げようとする事しか、アッシュには出来なかった。)「⋯⋯ちょっと、この高台から夕日が見たくなって。⋯ハーモニカ、拾ってくれてありがとな。」((先程まで地面を握っていたからか、茶色に汚れた掌をローブの裾で軽く拭き取って。ハーモニカを受け取ろうとするアッシュの左頬は、真っ赤に腫れていた。


レフィーネ ◆ > (いつもは俯いている瞳が、こちらを見上げた。黒い瞳は相変わらずどろりと濁っていて、一瞬感じた悲愴感のようなものは錯覚で、なんだ、アッシュは元々哀愁のある人物だったではないかと一瞬は思わせた。しかし、顔を上げて紡がれた言葉を受けて、レフィーネは心の片隅に引っかかりを覚えながらも、いつものように笑顔を向けた。)……ゆ、ゆ…夕日…ですか。(ハーモニカを手渡しながら、もう殆ど沈みかけている夕日をあなたと共に見る。太陽はみるみるうちに地平線へと消えてゆき、夕日に照らされた二人の頬と空は、オレンジ色から変わって、影の色に染まった。…あなたの左頬も、夜が隠してくれたのだろうか。)…た、た、太陽神さまおやすみなさい。……きょ、今日のご加護も、ありがとうございました。………(誰に言うともなくそうつぶやくとあなたへ向き直り、何を話そうかとうつむく。……別れの挨拶はしたくない。してしまったら、本当になる気がするから。少し思案し、小さく口を開いた。)ハ、ハ…ハーモニカ、ききき聴きたいです。ダ、ダメですか。


アッシュ > 「⋯⋯ああ。」((そんな短い返事しか出来ない自分も嫌。沈んでいく夕日を二人で眺めながら、少しずつ冷えていく空気とは裏腹にふつふつと煮え滾っていく自分への嫌悪感。今日も私達を照らしてくれてありがとうと、太陽神に対する感謝の言葉を口にするレフィーネをちらり、と一瞬見遣った。それに釣られて口は開いたけれど、今は昔のようにつらつらとソレは出てこない。一人の夜が恋しいなんてことは、隣にレフィーネが居る事を喜んでいる時点で、今更只の強がりでしかないのに。ないのに⋯何も言えずに口を噤む事しか出来なくて。それは、太陽が沈みきってどちらからともなく視線を交わしてからも、変わる事が無かった。自分が俯けば、レフィーネも俯いたのが分かる。〝何か話さないと。〟奇しくも同じ感情を抱いた2人だったけれど、結局気を遣ってくれたのは、一回りも若くて小さな少女の方だった。)
アッシュ > 「⋯⋯⋯いやっ。⋯⋯その、駄目なんかじゃない、ぞ。⋯⋯少しなら、吹くから。」((君の言葉にばっ、と顔を上げたアッシュは、暗がりの中でも一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべた。何となく、声に元気が無いように感じられたし、うっすら見える表情もこの闇の中に溶け込んでいたように思ったから。⋯でも、レフィーネの願いなら、出来ることなら。そう思う程に戻り行く自分に気付きながらもアッシュは、汚れをとった手でそっと、ハーモニカを君の手から受け取って。〝背を向けるか、レフィーネに向いたままか。〟フードを取っているとはいえ、顔も見辛い暗がりの中なのにも関わらず、悩むアッシュが出した答えは結局。君に横顔を見せる⋯⋯〝灰色〟の選択だった。)
アッシュ > 「⋯⋯っ。───────♪」((曲の入りは、少し震え気味だった。せめて、明るい曲にしてあげよう、そう思ったのに。アッシュが選んだのは静かで悲愴感を孕んだ曲調のもの。いつか君にも聞かせた事があるかもしれないが、とある歌の伴奏にも使われているもの。「さよなら」すら言わず、突然居なくなった大切な人を思う歌の。───少しなら、と前提を置いたのに数分間、何度も息継ぎを繰り返しながら演奏し終えて。切ないメロディーが響いて夜闇に消えてから。月明かりの下で名残惜しそうに、ハーモニカから唇を離した⋯⋯。


レフィーネ ◆ > 。(俄に顔を上げ、返事をしてくれたあなたの顔を返事の変わりに見返す。一瞬の戸惑いの表情は、やはりレフィーネの目からは影に隠れた。夕日の沈んだ地平線へ向き直り、ハーモニカに唇をつけるあなたに合わせ、レフィーネもぽつぽつと輝き出した王都の小さな街明かりを見下ろした。……ハーモニカはその小さな体をわななかせて、いじらしさすら感じる健気な旋律を奏で始める。)……っ…(その曲はレフィーネも知っているものだった。別れも告げずに消えた人を想う歌。これから戦地に向かう自分にはお誂え向きとしか言いようがない。しかし、レフィーネが思い浮かべたのは自分ではなくもっと相応しい人、もう居ない人。……"バッシュ"の事だった。主旋律とはぐれ、伴奏だけで奏でられるそのメロディーはあまりにも寂しく、痛い程伝わるあなたの孤独に、レフィーネはいつのまにか頬を濡らしていた。…眼下に見える街明かりも、手の届かない光なのだろう。)
レフィーネ ◆ > ……あ…りがとう…ございます。……ア、アッシュさん…。……ふふ、さ、さ、流石ですね、吟遊詩人さん。わ、わわたし、めったな事で泣かないんですよ。……あ、あんまり、感受性が豊かじゃないんです。……っていうか、…人の機微とか…そそ、そういうの、わからなくて……。(人に合わせる事が苦手で、ついつい結論を急いだり、正論ばかり振りかざしてしまうのは性質としか言いようがない。同年代と関わる事が少なかったから鍛えられなかったと言い訳することもできるが、やはり単に、骨の芯まで”ウェンディア人”なのだろう。しかし、その性質に苦しんでいるのは何よりもレフィーネ自身であり、その言葉には卑屈めいた響きがあった。)……ど、どうしてでしょうね。アア、アッシュさんの感情も、あ、あんまり見せてくれないひょ、表情も…た、たぶんわたしには、あんまり解ってないんだと思います。だ、だだ、だけど……ハ、ハーモニカの音をきいたら……なんか、胸が、きゅうって、苦しくて。……………そんなに……寂しかったんですか。
レフィーネ ◆ > (はっきりと、感じたままをあなたに切り込む。もしかすればあなたにとっては隠したい感情だったかもしれない、だけどやはり、これが彼女なのだ。)……ア、ア、アッシュさん、あああなたは。獣みたいな人ですね。…獣みたいに、繊細な人です。(幼い頃遊んだ、風や木々や動物達に向けるようなまなざしを向けて、レフィーネは言った。感じたままに。レフィーネの感じ取った”アッシュ像”は、アッシュ故のものなのか、それともアッシュを縛り付けている過去のせいか。)だだだだから、なのかも。……って思いました。…わ、わたし……こう見えて人間の友達って、いい居ないんですよ。ふふ。(アッシュの返事が無いのも気にせずに語るに落ちて。そして暫しの沈黙の後、再び口を開いた)…………ほっぺ、どうしたんですか?(見えていなかったわけではない。ただ、わからなかったのだ。"人間"が傷つくということが、彼女には。)


アッシュ > 「⋯⋯っレ、レフィー、ネ⋯⋯!?」((演奏を終えて、君が震えた声を紡ぐまで。アッシュは君の涙に気付くことが無かった。ハーモニカの旋律に乗せ、大切な人を失いたくない、そんな寂しさを謳うことに集中していたからか。だから、君が泣いている事に気付いた瞬間、漸く激しい動揺と心配の篭った感情を顕にした。何が起こったのかすら分からない、だけど確かに〝大切な人〟が泣いている、ただそれだけで、あれだけ隠し通してきた感情の奔流を垂れ流してしまう程に、アッシュは君と違って正反対に他人の感情に敏感なのだろう。心配で心配で、伸ばそうと力を込めた腕をぴくり、と動かしたけれど。止まることなく続けられるレフィーネの言葉の数々に息を飲み。ぎゅうう、と拳を握り締めるだけに留めた。その選択は間違いだったのか正しかったのか、堰が切れたように流れ出す涙と言葉は、止まらずに〝バッシュ〟の胸へと流れ込んできた。)
アッシュ > 「─────っ!!!」((〝寂しかったんですか〟。その一言に両の拳に込めた力を強めて、表情を酷く辛そうなものに変える。フードが無いからその全てが今は顕になっている。⋯レフィーネが今まで自分に向けてきた〝戻って来て欲しい〟、その言葉達は、ひび割れた心を強く揺り動かしてきた。戻りたいけれど、怖い。その感情がこれ以上ない程に自分勝手で、醜くていやらしくて、レフィーネだけには知られたくない。そう思って隠し通してきた筈なのに⋯⋯見抜かれていた。〝アッシュ〟という被り物の内に隠してきた筈の思いを、レフィーネに。胸が締め付けられる様な痛みの中で、同じように溢れ出しそうな感情を、沈黙という方法で無理矢理に抑えて、抑えて抑えて。強く拳を握って、思いを垂れ流そうとする口を噤んで、堰き止めていた。────のに。胸を貫く、甘く太い杭の様な最後の一言で、元々君の言う通り、〝繊細〟で〝脆い〟彼の心はばらばらに砕け散って。纏っていた〝灰〟(アッシュ)が吹かれ散った。)
アッシュ > 「⋯⋯っ俺、俺は⋯⋯っ!!」((どさり、と響くのは膝がすとんと落ちた音。軽快な音を立ててハーモニカが傍へと滑り落ち、両膝と両の手を地面について⋯⋯バッシュは込み上げてきた感情を吐き出してしまう。)「俺は、大切な仲間を何人も⋯殺してしまったんだ。嘘でも噂でも何でもない、本当のことなんだっ⋯。⋯⋯だから、もう俺は戻れないし、そんな資格なんて無い、の、に⋯⋯っ!!なのに⋯⋯〝寂しい〟なんて⋯⋯、思、って、俺は⋯⋯ぁっ!!」((⋯⋯なんて、醜いのだろう。俺をアッシュとして扱えと言ったのは自分なのに。都合良く今はレフィーネを意地汚い感情の捌け口として使って。⋯⋯溢れ出した悔しさと情けなさが、ぽた、ぽた、と地面に染みを作る。だけど弱い自分はそれ以上に、捻った蛇口を戻す力すら持ち合わせていなくて、先程の君のように思いを吐き散らしていった。)「⋯⋯頬を叩かれるくらい、なんて事無い筈なのに、な⋯⋯、それも当然の人間なんだよ、だって⋯⋯──色んな人の大切を奪ったのに、俺は⋯大切な人(おまえ)を失いたくないって、思ってる、⋯⋯⋯お前の探していたのは、そんな最低な男なんだ、よ!!だから────っ!!」
アッシュ > (間を置いて。言わなきゃいけない一言を。そんな未来絶対嫌なのに。これ以上自分がお前を大切だと思ってしまう前に、言わなきゃ⋯。喉奥まで出かかっているのに、そこで引っ掛かって止まる、たった一言。暫く肩で息をして漸く⋯⋯口に出す。)「──嫌いになったなら⋯⋯これ以上俺にかかわらないでくれ⋯⋯っ!!」


レフィーネ ◆ > (レフィーネの感情に呼応してか、黙っていてもあなたの表情は今までとは比べ物にならないほどあまりにお喋りなものだった。もはやフードや宵闇に隠れる事なく、月明かりはあなたを残酷なまでに煌煌と照らす。レフィーネの紡いだことばに増幅しながら共鳴するあなたのことばは、ハーモニカに似た震えるような響きで紡がれはじめる。)ア…アッシュさん…
レフィーネ ◆ > (…その場に崩れ落ちた”バッシュ”を見て、驚きから立ち尽くすように聞いていたレフィーネだったが、あなたのことばが悲痛さを増してゆくにつれゆっくりと膝を折り、その場に座り込んだ。”アッシュ”はあなたの精一杯の虚栄だったのか。暖かい街明かりの中に戻る気などないと、自分自身に言い聞かせるための。吹けば飛ぶようにおぼつかないものだったのに、それすらも解らずに吹き飛ばしたのは紛れもなく自分なのだと思うと、レフィーネもまたあなたに呼応し、色々な感情が湧いてくるのを感じた。…憐憫、責任感、罪悪感、負い目、庇護欲、慈しみ…。本当にあなたが獣なら、その髪を優しく撫でただろう。あなたが木なら、暖かな幹に抱きついただろう。風ならば、あなたのすべてを一身に受けただろう。なのに、あなたは人間で、歳上で、男性で、元上司で、その日暮らしに困窮しているはずなのにケーキ代すら受け取ってくれない程、愚直なまでに高潔な人で。…レフィーネはもはや、自分にはどうすればいいのか見当もつかなかった。……そして、僅かな間の後に絞り出された一言を受けて、レフィーネもまた感情を紡ぎ出した。辿々しく、吃りながら。) 
レフィーネ ◆ > ……ア、アッシュさん、残酷な事を、言いますね。……お、お忘れですか?…わわわたし、聖騎士ですよ。ひゃ、百騎長ですよ。百騎長、ご、ご存知でしょう?…どうやってなるのか。こ、ここ、この手もけっして、っ…き、きれいでは、ありません。たた、たくさん、殺しました。あ、あ、あなたも、わっ、わたしも。(おもむろに立ち上がり、地面に落ちたハーモニカを、その手で拾いにゆく。あなたに背を向けたまま、ことばを続ける。)……そ、そ、そんな罪は、今更でしょう。ひ、人は、みな、卑怯です。だ、だけど、よよ、良くあろうとすることも、また、止められない。せ、せせ、せ、聖騎士なんて、みんな、太陽の御国には、行けないと、わ、わわたしは、おっ、思っています。(それでも彼女が聖騎士で居続けたのは、やはりどうしようもなく人との関わりを求めたからというのもあるのだろう。人の役に立ちたい、認められたい。必要とされる何者かになりたい。……例え地獄に落ちてでもとまでは、はっきり思っていた訳ではないだろうけれど。)
レフィーネ ◆ > …あ、あっ、あなたが赦されたいのは、罪から、では、ああありません。…あ、あなたを、責めた、だれか。…も、もしくは、誰か達。…わ、わたしと違って、人の気持ちに敏感なあああなたは、その声を聞くのが、な、な、何よりも辛かったのでしょうね。そのだれかから、赦されたいと、おおおもっても、叶わないことを、知っているから、だ、だからせめて、よ…より大きな罪でそれを隠そうと、”たくさんの人の大切を奪った”、だなんて、おっ、大きな解釈を私にも、おお、押し付けるのでしょう。(淡々と紡ぎ出される…レフィーネにとっての、いわば”正論”。そのことばは、剥き出しになったあなたの心を刃物のように切り刻むだろうか。レフィーネは拾ったハーモニカをぎゅうっと握りしめ、淡々とした口調から一転、震える唇を再び開いた。)
レフィーネ ◆ > ……か、関わらないでと、本気でおおお思っているのなら、い、いっ、言う通りにします。……だ、だけど、そ、それが…な、慰めを当てにしたものじゃない事を…い‥祈ります。…わ、わたしは、あ、あなたが、赦されたい誰かでは、ああありませんから。…わ、わたしが、無責任な、慰めを口にして、ああなたを赦しても、ああなたは、一生、救われません。…違いますか?(あなたの頬を叩いた人物が誰なのかは解らないけれど、もしもそれが聖騎士団と全く関係のないものであるなら――…間違っているのは、向こうのほうなのだ。…あなたの罪はあなたと、あなたが手をかけた騎士達と、あなたを責めた誰か達の問題であって、混同してはならないものなのだ。レフィーネはそれを表現する言葉こそ持っていなかったが、必死に”正論”を紡いだ。それが彼女なりの真摯さ、誠実さだった。)
レフィーネ ◆ > …とっ…と、友達になれるかもしれないと、おおお思って、いました。だけど、あ、あなたにとってわたしは、やはり、”聖騎士”でしか、ないのでしょうか。……今日さよならは言いたく、あ、ありませんでした。…だけど、こ、これも、太陽神のお導き、なのかもしれません。……ひとつだけ、わ、わがままをいいですか?(片手で風に靡く髪を抑えながらあなたへ振り返る。その顔は涙でぐしょぐしょになって、まるで子供のようだった。)……こ、このハーモニカ、わわ私に、くれませんか。


アッシュ > 「⋯⋯っごめ⋯⋯、ん⋯」((すとんと落ちた膝が視界に入り、レフィーネが自分と同じように座り込んだ事に気付いたアッシュは⋯ぼそりと謝罪の意を口にした。一体、何に向けてのものなのか、それすらも曖昧。謝りたい事が多すぎて。それは自分の〝罪〟に対する〝謝〟なのか、それとも自分勝手に今も昔も君を振り回した事に対する〝謝〟なのか。アッシュにすらも分からない漠然とした何かを形にする。それはどう取り繕ってもやっぱり醜いもの。自分が何を求めて、何をしたいのか、もう何もかも分からなくなってしまった中でただ一つ。胸に浮かんだ1つの感情をどろりと表しただけだった。) 
アッシュ > 「⋯⋯ち、ちが⋯、お前は⋯⋯っ!」((⋯それなのに。立ち上がって背を向けるレフィーネにアッシュは、酷く寂しそうな表情で手を伸ばしてしまう。〝行かないでくれ〟と。レフィーネに甘えて縋っているだけの弱い男の腕は空を切る。お前は自分と違って何の罪も無くて、〝綺麗〟だと。レフィーネの事を深く知っている訳でも無いのに、ただ罪深い自分に優しくしてくれるから、そんな理由だけで自己中心的な否定を口にしかけるような男だからこそ。色々なもので自分を塗り固めていても結局、自分に甘い何かを、光を求めてしまうのだろう。───そしてもう一つ。そういった醜い者には絶対に、神は微笑んでくれない。それも〝物語〟の定番で、決まりだった。) 
/アッシュ > 「⋯⋯っ⋯!!」((彼にとっての〝女神〟さまは、もう手の届かない場所にいる。振り向いてすらくれない。決して歪んだ慰めなど言わず、正論のみを辿々しくも口にする彼女は⋯正しい。しかしアッシュにはその言葉一つ一つが罪人に対する裁きのように感じられた。全部正しいのに、それに傷付く自分がまた嫌で。今だけはレフィーネが自分より大人にすら見えた。けど。最後にふわりと振り向いたレフィーネはやっぱり子供みたいで。)「⋯⋯良い、いいよ⋯⋯、お前に、やる、から⋯。」((止めどなく溢れる涙で顔を濡らし、君と同じようにぐしゃぐしゃになった顔を俯かせ何度も頭を振った。こんな終わり方、嫌だ、嫌だ。と、心の中では正反対の事ばかり。立ち上がろうと体を起こしては、ふらふらとよろめいてまた尻餅をつき。悲痛、絶望、恐怖⋯⋯そして渇望。様々な色に彩られた瞳をぎゅっ、と閉じて、泉に湛えられた涙を絞り出して。⋯⋯今一度、何とか立ち上がり。沈黙の後に漸く意味のある言葉を口にした。) 
アッシュ > 「⋯⋯俺は⋯ただ、お前にだけでもきっと⋯。⋯⋯いや、お前の言う通り、慰めと赦しが欲しくて、お前に甘えてた、だけ、なんだ。」((君と同じようにぐしょぐしょに濡れた顔を、土と砂利で汚れたローブで乱雑に拭い。⋯⋯それは成長だろうか。それとも開き直っただけだろうか。自分の甘さを認めたアッシュは俯こうとして、⋯⋯何故か、反射的に空高くの月を見上げた。暗く澱んだ瞳は潤み、僅かに月明かりを映して輝く。⋯心の中で、祈り、願い、乞う。最後に1つ、勇気を下さいと。────一歩、二歩、近付いて。ハーモニカを握る君の手を片手で取り。優しく握って⋯⋯初めて。歪んだものとはいえ、悲しく笑ってみせた。)
アッシュ > 「⋯⋯ごめん、な。⋯これで、終わりにするから、最後に1つだけ⋯。わがままを⋯⋯、聞いて、憶えてて、ほしい。」((すう、と息を吸い。⋯もう自分の言葉には〝魔力〟も〝誠実〟も何一つ宿っていないけれど。大切そうに君の手を両手で大切そうに包み込んで。)「⋯⋯俺は⋯、お前を⋯聖騎士って括りだけじゃなくて、レフィーネとして⋯見てた。友達で、仲間で⋯もう今更遅いけど、大切に、思って、た。───〝月の女神〟(シンシア)に誓って、本当だ⋯⋯」((もう何もかも遅いのかもしれないだろうけど。確かに自分が君を大切に思っていた事だけ、憶えていて欲しくて。最後に少しだけ、温もりを。そう思って目を閉じて、この時間を感じたら。ゆっくりと手に込めていた力を弛め、離した。あとはきっと、さようなら、だけ。 


レフィーネ ◆ > (レフィーネのお願いを受け入れ、涙でぐしゃぐしゃになりながらよろよろと立ち上がるあなたを呆然と眺めた。)………。(もはや紡がれる言葉には沈黙しか返せない。反論する素振りも見せずにお前の言う通りだと言われてしまえば、残酷なのは自分のほうだったかもしれない、と省みる。もやもやとした灰色の気分に胸がざわつき、ちくりちくりと痛む。いっそ最悪の気分にしてくれたら。あなたと一緒になってわんわん泣けたら。そう思いながら、ぐしゃぐしゃの顔を拭うこともせずただ呆然と、ハーモニカを、レフィーネの手を握ろうとするあなたを見返した。)…あっ、あの……(レフィーネの手をあなたの手が包み込む。その手は彼女にとっては思いの外大きく、風や木々や獣に向けるようだったまなざしが一瞬、動揺の色を写した。老若男女関係なくすぐに心を開き、お喋りをしたり食事を共にしたりと人懐っこいレフィーネであったが、アッシュは兄というには若く頼りなく、対等というには、自分よりも経験の差があり精神構造も複雑怪奇。あまりにも等身大すぎる”男の人”だと思えばこそ、こういった距離の近さにはあまり免疫がなかった。)……シンシア……。
レフィーネ ◆ > (月明かりの夜だからだろうか。脈絡なく放たれたように聞こえる言葉をレフィーネは繰り返した。あなた呼ぶ名前――バッシュ、アッシュ、百騎長。そのどれもが違う気がして、あなたを呼ぶのをやめ逃げるように月の神の名を諳んじた。)…大切にします、ありがとう…。(そう告げると、うつむきがちにそのままあなたの前を通り過ぎ、月明かりの照らす丘を逃げるようにして去った。…本当はこの間の約束も果たしたかった。ハーモニカをポケットにしまいながら、ポケットに入っていたアッシュに渡すはずだったお金と、手作りの焦げたクッキーの袋を触る。だけど、この関係を”清算”したくないという気持ちからか、ついぞ申し出ることはなく、借りを作ったままあなたとさよならを。……生きて帰りさえすれば、もしかしたらまた太陽神の導きがあると信じたくて。)  


アッシュ > 「⋯⋯」((レフィーネが、去っていく。また一人、大切なものが零れ落ちた。空を見上げていれば、煌々と輝く月がじんわりと歪んでいく。これで、〝良かった〟。────そう思えたら⋯⋯どれほど。)「⋯⋯う゛、っ⋯⋯ぅ、あ゛⋯⋯!⋯⋯れ、ふぃー、ね⋯⋯ぇ⋯っ!」((必死に抑えても溢れ出す静かな慟哭を響かせて、アッシュは夜の街を駆け抜けた。灯りに照らされた夜の街を抜ければ、近い筈なのに。街灯り一つ無い暗がりの路地を走って、走って。遠回りだけれど、誰かと会う可能性が一番低い道を選んだ。一人は嫌だけど、きっと今、沢山の笑顔と温もりに溢れるあの輝きの中に足を踏み入れたら。心に空いた寂しさの穴を他の何かで埋めてしまいそうで。────弱い男なりの精一杯の抵抗を見届けた月はいつしか雲に隠れ。道を照らす唯一の光は消え去る。⋯⋯明くる日の早朝。何度も振り返りながらとぼとぼとウェンディアを後にする彼の道の先は⋯足元さえも見えない程の闇に包まれていた。 )〆