この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

密談

(咲夜&火津彌&オウガ)

咲夜 > (帝國と王国。嘗て大陸を二分していた二国の王都に接するこの趨里という土地は、その交通の利便性から栄えてと言っても過言ではないだろう。王都にほど近い街にある料亭、まだ日は中天に差し掛かったばかりとあれば客足も少なく、尊華らしいと表現されるに相応しい趣のある庭で鹿威しが鳴り響くのみ。その様子を料亭のいちばんと豪華な部屋である「松の間」の座椅子に腰かけ、物憂げな表情で眺めている者がいる。若草色の着物を身に着けた少年にも少女にも見える容姿のその人は、長い白髪に指を絡めつつ傍らの人物に向かって問いかけた。)さて……、例の客人は来てくれると思うかい?(皮肉げに歪められた唇は容姿よりも随分と老獪な雰囲気を与え、返事を待つことなく机に置かれた湯呑へと手を伸ばせば桜色に染まる小さな唇へと運び、虎の描かれた襖へと伏し目がちな銀灰色の視線を這わせた。)


火津彌 ◆ > …来はるでしょうね。貴方の謀が空回りしたことなど、只の一度もありますまいに。(火津彌はたっぷりと重い袂を正しながらその上官をちらと見た。香々夜 咲夜…尊華帝国軍、中将官殿。黒地に濃紺の縁取りがされた漢服風の装いで、火津彌は彼の隣に座している。上官を前にして軍服でない理由は彼の言うところの"客人"が理由だ。これが帝國軍の密談であることなど、どんなに信頼の置ける場所あっても知られてはならない。「全く、このお方はいつもこうとんでもない事をお考えになる…。」先程の返答もそのような気持ちが込められ、図らずも少し皮肉めいた響きになった。咲夜程の人物がそれに気づかないはずもないが、なんの気もないというようにあなたは優雅に茶を口にした。胃がきりきりと痛むのを感じながら、ため息を押し殺して火津彌も襖へ顔を向ける。ぴりついた緊張の中、鹿威しの音がかっぽんと間抜けに響いた。)  


オウガ > 「いいとこだな、帝國ってのは。(黒いローブに身を包み、自身の服装、髪や肌の色を隠す者が、ある料亭へと歩を進めている。青空には白い鳥が飛び交い、山の奥へ吸い込まれるように消えていく。それは彼らと自分の頭にある、「消え行くヨズア」のように。どこか、歴史の奥底へ消え行くだろう国のように。さて、自分…つまりオウガ…こちらで言うなら「鬼」であろうか。彼は緊張が走り間抜けな音が響く料亭の中へ、この国には似合わぬ、自尊心や見栄という心を一切感じない、陽気な男が扉を引っ張っている。)おかしいな…(と呟きしばらくすると、はっとして扉の…襖の持ち手に太い指を引っ掛けて、横へ力を入れる。あまりに簡単に空いたので、自分の力に引っ張られ、少し躓いてしまう。その行動の一つ一つが尊華人ではないという証拠なのだが、ウェンディア人である証拠ではない。何も知らぬ町の人々は、ちらりとこちらを見るが、何も疑わず元のように体勢を戻す。受付の尊華人は、彼が何者なのか知らずか既知の上でなのかはわからないが、オウガを案内した。) 


咲夜 > お前様も随分と口が上手になったねぇ。(唇を潤して湯呑を机へと戻せば、視線を動かすことなくにやりと口角を持ち上げて、部下を弄るのも年長者の嗜みとそう静かに口に出してはみるものの、此方の部屋へ向かって歩いてくる何者かの足音に気が付けば早々に戯れを切り上げて居ずまいを正す。そうすることが客人への礼儀、帝國の代表としてこの場に座しているのであれば猶更にすっと背筋を伸ばせば、襖を開いてこの場に姿を見せた『鬼』、その異名を持つに相応しい男性へと優雅に微笑み、片手をひらりと座椅子に向けた。)ようこそ――、尊華へ。(密談、こうして敵国の人間と話し合いの機会を設けるのは今日が初めて。そして、今日が最後ではないだろう。給仕の女性が机の上に湯呑を置くのを見守る。長年密談で使ってきた場所だ。どうしたって口は硬くなる。給仕はちらりと視線を向けたのみで〝ただの客人〟としてオーガを扱う。自分が首座であれば客人を持て成すのは部下に任せることとして、その前に挨拶をすませてしまおうか。)私は……名乗る必要はないね、其方様もそれで構わないよ。此方の用向きは先に送った手紙で把握している筈だ。お前様から付け加えることはあるかい?


火津彌 ◆ > (自分よりもずっといとけなく見える咲夜に、半ばあしらわれるように弄られるのにもすっかり慣れてしまった。なんせこの方は昔から変わらず、こうなのだ。火津彌が入軍してから、その形貌は文字通り時が止まっている。幾つなのだろうと逆算を試みたこともあったが……十年程経った頃には数えるのをやめた。そうこうしているうちに、忍ぶようでありながら大きな人物を彷彿とさせるみしりみしりとした足音が近づき、襖の虎がガタガタと揺れた。――ご到着のようだ。固唾を飲みながら虎とにらみ合うこと一瞬…襖は小気味の良い音を立ててスパンと開いた……鬼が蹌踉めく。)……っ(咄嗟に掛ける言葉を見失っているところ、流石の中将官殿が余裕たっぷりに彼を迎え入れ、座椅子を勧めた。……オウガ。密偵の情報が正しければウェンディア聖騎士団の千騎長であり、その性格は竹を割ったようで話の解る人物だと言うが……果たして。いずれにせよ”鬼のいぬ間に”と、相談の体を成して咲夜が自分に話を持ちかけてきた時点で自分の役目は決まっている。何が起きてもこの場を収め、何かがあれば中将官殿に応戦することのみである。) 
火津彌 ◆ > …火津彌と申します。以後、お見知り置きを…。ええと…凰牙さんと仰いましたか。(オウガという名は尊華にも居ないことはない。ただそれは全くの偶然で、訛り方も違うものであるが。火津彌はついついと尊華風の当て字を頭の中で思い浮かべそのまま口にしてはっとするが、本人以外には知るよしもないことであろう。)…そうですね、まずは何はなくともお饗しをせねばなりますまいな。これ、食事を持ってきてくれるか。ああ、順番じゃなくても構へん。むしろ先付けから菓子まで一気にな。…まずは素面で話と洒落込みましょか。その後、お好きならばお酌はさせていただきますわ。(火津彌は給仕の女性にそう話しかけた。話は彼女を追い出してからだ。)…先に渡させて貰おうか。少なくてすまんけど。(彼女に心付けを握らせ、部屋から追い出す。額面の多さにただの心付けでないことは気づくだろう。速やかに料理を運び、後は出入りしない事。この会合については他言無用である。……得心がいったようで、ほどなくして料理はすべて運ばれてきた。)……さて。オウガさん、あなたからは何かありますか?(客人が箸をつけるまではじっと膝の上に手を置いて。早速本題へ。)


オウガ > 「ガッハッハ、あんたらは相当仲がいいらしいな。(笑いつつも、他の人間には伝わりづらいように、あなたたちの弄り弄られ、という付き合いについて言いつつも、あくまで自分を客人として扱う給仕あなたたちの信頼関係について話す。)しっかしまぁ、あんたは冷静なもんだな。そこの兄ちゃんとは対照的だ。(なんて言う自分も、不思議と冷静なのだが。そこで小さい冗談を挟んで、凝り固まったあなたの心を、少しでもほどこうとする。ぼろを出させるとか、相手を挑発するとか、そういった負の感情が混じったようなものではなく、まずは冷静に話し合えるようにするためだ。)あぁ、そうか。俺は名乗らなくても、素性は知れてんだな。(オウガ、と名を呼ばれてふと思い出す。寧ろ、余計なことは言わない方がいいな、と思い、これ以上は自分の素性についての話はしないようにしておこう、と警戒心を強めた。)  
オウガ > そうだな、腹を満たさなきゃあ話は始まらん。気遣いに感謝するぜ。(と、手を差し出そうとしたが、文化の違いを思い出して、手を引いて小さく礼をする。まだ慣れないが、なんとか整えられている。)酒は好きだが…ここのが合うかどうかは分からんな。ま、呑んでからか。駄弁りはさておき…(彼女が部屋から出たのを見て、運ばれてきた食事を口に運び、しばらくしてから飲み込み、一言発する。)…さて、そうだな…俺からは、特に何もねぇな。1つ言うならば…(瞬間、あなたたちは…いや、若い方だけ…ホヅミ、だけだろうか。心臓をわしづかみにされたような心地になるだろう。それこそ、千騎長たる所以。巨体から繰り出されるのは、錆色で猟奇的な、強い威圧感。消えかけた緊張感は、また戻る。)喰らわれるのは、お前らかもしれんぞ?(一言言えば、またその威圧感は消え失せる。)とかなんとか、今言ってもしょうがねえよな。いらんことは書かねえ方がいいぜ、冷静に話を聞いてもらえないかもしれん。」


咲夜 > (幾歳もの年月を生き場数を踏んだ自分はいい。けれども部下の火津彌はどうか。異国人の様相に気を呑まれやしないかと気をもんだのも束の間のこと、滞りなく場を整える火津彌の様子をみていればこの場に連れてきたのは正解だったと会得する。もうすぐ三十になるこの青年は尊華軍でも中堅所、その業績を鑑みればもう少し出世が早くたっていいものであるがそれを許さないのは出自のせいだろう。故に使いやすいのだと打ち明けるつもりもないだが、少しくらいなら目を掛けてやっても罰は当たるまいとも思う。自分が退役した後、それがいつになるかは分からないけれど、呪力こそ力だと過信した若者を上手く陰から操れる海千山千の年長者が必要だ。戦績を求められず、頂点にたち責任を問われることもないこの位、譲るなら彼のような辛酸を嘗め這い上がってきた者こそ相応しい。) 
咲夜 > (そんな胸中をお首にもださず、眼前に座った異国人の様子を灰銀色の双眸に映す。親しげな様子から一転して巻き起こる嵐。言葉と共に全身から放たれる威圧感。それは襖に描かれた虎を髣髴とさせ、常人ならその覇気にあてられ気をやってしまってもおかしくはない。ちりちりと肌を焦がすような緊張感に身を浸しながらも、まるで風凪のようにそっと猪口へと手を伸ばす。)此方は事実を申し上げたまで。其方様は千に値するお方だとは十分承知でのうえで、『友』として忠告をしているのです。えぇ、私は其方様がたを『友』だと思っている。我らは間違いなくこの千年、ともに大陸を治めてきた『友』であった。(酌をせよと、ちらりと視線を投げてやる傍ら言葉を発する。その口調は最初こそ静かであったが次第に熱を帯びて、伏せられた瞳は神話の時代を覗き見ているかのように懐かしげに彼方をみつめている。多少の小競り合いはあっても形は変わることなく共に天下を治めてきた二国、それゆえに分かり合えるものもあろうとの願いを言葉に託す。)
咲夜 > なぜ戦わねばならぬのか。敵はヨズア。卑劣にも奇襲を仕掛け、老若男女を問わず殺してまわった英雄を気取りのシュクロズア。こたびこそ我らの国が標的だったが次はどうか。私は幼子が死ぬところを見たいとは思わない、なぁ、火津彌よ。お前はどう思う?(これは飽くまで自分の考えと最後に一笑を添えれば、僅かに首を横へと倒して、胸中を丸ごとすべて話してここに連れて来たわけではない同門の顔を覗き見た。) 


火津彌 ◆ > (オウガの、臆せず繰り出される豪気な笑いと、冗談とも本気とも思えぬ言葉達に迎合する事もなく、努めて取り澄まし前を向いたまま、ほんの一瞬赤き荒神の光を携えたオウガの瞳に立ち向かった。こんなところで弱みを見せてしまったら、上官である咲夜に恥をかかせる事になる――…。火津彌は机の下で拳を握り、息を止めて無表情を貫いた。柳に風を体現したような咲夜の余裕とは確かに対照的であるものの、軍人らしいある種堅苦しいまでの毅然さもまた、"尊華流"の洗礼になろうか。)…はあ、そうですね。咲夜将官は”この程度”の事では動じはりませんから。僕はまだまだ未熟で、お恥ずかしい限り。(少しでしゃばりすぎたか…と思いながらも。染み付いた皮肉はそう簡単に辞められるようなものでもなく、やや反射的にそう答えた。そんな火津彌を意に介した様子もなく本題に入る二人。酌をせよと目配せを受け咲夜の持つ猪口に酒を注ぐと、続いて徳利の口をオウガに向けて合図した。……大方、酒でも入れないと腹を割って話せないと判断したのだろう。大丈夫だろうか、とは思いながらも不器用にオウガにほほえみ掛け、そして咲夜の言葉に返事をする。)
火津彌 ◆ > …は、同感であります。ヨズアの次はそちらとの思いはお互いさまでしょう。なれば今暫し手を組むのは、何より民の為を思えばこそ。……送った間者が本物ののままおたくにたどり着いたとも限りませんから、今一度私から説明させて頂きますわ。(火津彌はまだ少しも手をつけていない皿を咲夜とは反対側の脇に寄せ、醤油のついた箸を敷き紙に滑らせて染みを作った。――竜のような、麒麟のような姿のそれは、大陸の地図である。)……あちらさんは国がないから立ち上がったというのなら、土地を与えて一端収まって貰うのも手ではないかというのが咲夜様のお考えです。”おたく”と”うち”、双方で睨みをきかせられる場所となれば、…‥馬地。(本格的に密談が開始すると、「戦争」や「軍」という言葉、具体的な国名を避けて話し始める。先程とはまた違った冷たい緊張感を肌で感じながら、大陸の腹に当たるそこを指でなぞった。オウガの反応を伺う。……二つ返事でくれてやると言われれば苦労はないが、そうもいかないだろう。ふっと息を吐き、話を続けた。)
火津彌 ◆ > こちらについては交換条件ですわ。…馬地の代わりには、守山を。……こう言ってはなんですがね……小さな僻地の馬地と、大陸の臍に当たる守山なら、守山の方が土地としての価値が高いのは明白。うちとしても、苦渋の決断ですわ。……ですから、馬地をヨズア領として差し出して頂く上、まずは神島攻城にて共同出兵を依頼します。ヨズアなき後は、うちが。神島は榮郷に近い土地ですから、おたくとしても神島に民を移動させるような冒険はなさらない方が、宜しいかと思いますしなぁ……。(大陸の翼に当たる、神島に己の箸置きを置き、ふっと目を伏せた。)いかがですか?まずは、神島の攻城です。これが成功しない限りにはうちもおたくも互いに大事な兵や土地を預けられませんでしょう。…話はまた、それからです。


オウガ > 「(ホヅミ、とやらは、冷静な心と頭で判断すべし場面で緊張しているのを見ると、今一つこの場に相応しい者には見えなかった。しかし、この圧に、涼しい顔とは言えないが耐えてみせたのだ。しかもその上、「挑発」まで行ったのだ、自分が思うよりも彼は…)がっはっは、思ったより肝の据わったやつだ。(1つ笑えば、完全にその圧は引っ込める。挑発に反論するでもなく、また怒るでもなく、笑って流す姿は、オウガの陽気な性格を現している。)
オウガ > ところで…ハシ、ってのは扱うのが難しいな。まるで、人間みてぇだ。あんたらにとってどうなのか、は分からねぇが…俺にとっちゃあ難しいもんだ。(箸はオウガの手のひらの上で震えて、机の上に転がり落ちていく。このように、2人を同時に落とすのは簡単だが、2人をそれぞれ違うように扱うのは難しい。彼らは箸を丁寧に、そして自然に動かす。彼らにとっては、「扱う」のは日常茶飯事なのかもしれない。子供の頃から根付いているものは、とても難しいものとは思えないのだろうな、と、心の中で思いながら、サクヤ、ホヅミの出で立ちを真似て、差し出された徳利に猪口を出す。とく、とくと、リンゴのような、鼻の中へ優しく入っていく、甘酸っぱい香りを漂わせながら、細い滝のように流れていく。猪口から口へと酒を流し込めば、口には爽やかな味が広がる。飲み下すと、ワインよりも少し高い度数のアルコールが体の中に染み渡る。度が高めの酒を好むオウガには、尊華の酒が調度良かったのだ。)また来たくなる味だ。(なんて、一言放ちながらも、この作戦が終わりさえすればもうこの地に訪れることはなく、必要がないということになる。
オウガ > 勿体ないような、諦めた顔をして、本題に戻る。)…あんたの言いたいことは分かるが…(あなたが反応を待っている間、顔が暗くなるが、交換条件、という言葉で、一旦は話を聞く気になる。)守山と馬地、となると…そうだな…(少し考えるが、こちら側に利益が出ることは確か。10秒と立たない沈黙は解ける。)いいだろう、交渉は成立だ。アイツらが手に入れた馬地を、どちらが土地として手に入れるかによっては話は変わるが…とかく、神島を攻撃することに変わりはない。ひとまず、その交渉は乗ったぜ。(す、と手を出した。一旦仲良くやろうという、交渉成立の意の握手を求めているのだ。)」


咲夜 > (火津彌に水を向けたのが自分であれば耳朶に触れた皮肉はさらりと聞き流して、小さな掌にはやや大きくも感じる猪口を唇へと運ぶ。さてさて、お手並み拝見。この日のために取り置きを頼んでおいた大吟醸特有の風情を楽しみつつ、火津彌が上手く話せなければ助け舟を出してやらねばならないなと双眸は伏せたまま話に耳を傾ける。確認から入った説明は丁寧の一言。軍靴の音が近づいている昨今であれば、初めの条件を高く設定し、狙いに向かって徐々に下げてゆくような腹の探り合いは時間を長引かせるだけ。いいじゃないか、という言葉は胸中にしまい込んで、オウガの武骨な掌から転がり落ちた端へと視線を向ける。)上手いことを仰る。箸は……小さな頃から親に叩かれ、乳母に泣かれで、ようやく身についたもの。一朝一夕にはまいりますまい。けれども、二本揃ってこそ意味を成すのが箸。我々と同じ。そして、三本目に用はない。
咲夜 > (武威だけでなく弁舌も鋭くなければ、平民の出から軍を駆けあがるのは難しい。そう実感させてくれるオウガの言い回しに思わず口角をあげれば、猪口を机へと戻して自分も箸を掴む。綺麗に揃った箸の先、カチリとひとつ意味深に打ち合わせ、小鉢に盛られた甘く煮た豆を掴んで口へと運ぶ。この豆の味もいったいいつまで変わらずにいられるものか。オウガの豪胆な気風を現わすかのように時を待たずに成立した交渉。差し出された大きな掌を灰銀色の瞳に映し、最初は意味を測りかねた咲夜であったが、王国に互いの手を握り合う文化があることを思い出せば、ここは自分が動くのが適切であろうと箸を戻し、お手拭きで軽く手を拭いてから立ち上がり、大きく背を伸ばして少女の如き華奢な手を相手のそれに重ねた。)交渉相手が其方様でよかったよ。奴等が馬鹿でなければこれで終わる話だ。分不相応にも欲を出すのであれば、滅ぼしてしまっても構わないと私は考えている。なんなら奴隷制の復活だって視野にいれてもいい。最大限の譲歩はしたのだから、自業自得さ。重ねて言うが、奴等に大義なんてものはこれっぽっちもないのだ。再統治の際は此方からも軍を出して協力すると約束するよ。
咲夜 > (剣蛸のみられる漢らしい掌と小さな子供の掌。その差異は文化の異なる二国の様子を現わすかのようだ。どこかの愚か者が英雄を気取らなければ互いが互いのまま、変わらずにいられたのにと言葉の端に口惜しさを滲ませれば、かさねた指にも思わず力が入ってしまう。オウガにとってそれは些細な変化だろう。気付くかは分からない。けれども、感情をさらけ出すのは不味いと咲夜は手を引いた。)尊華の味を気に入って貰えたのならなによりだ。守山は千年の間、尊華の国土だった。たったの数日で、生活を王国風に改められたりはしないさ。飲みたければ足を運ぶといい。もっとも、其方様方が文化を強制しなければの話だがね。(そうして席に戻れば、自ら徳利を手にして味が気に入ったというオウガの猪口に酌をする。ヨズア攻めが成れば、守山は王国の土地。国のためとはいえ代償に差し出される領民を想えば、それは無理だと理解していても平穏無事を願わずにはいられない。猪口に酒が満ちれば徳利をおき、背筋をまっすぐ伸ばすと膝のうえに両手を揃えて頭を下げた。)どうか守山を御頼み申し上げる。さて、あとは料理を戴こうか。


火津彌 ◆ > (この場における自分の役目が滞りなく終えられようとしているのを感じ、ようやく一息ついては、先程のオウガの反応を思い返す。火津彌なりの”意趣返し”とも言える皮肉を流すでもなくさらりと受け止められれば、毒気を抜かれる思いにオウガの器の広さを見たようだった。帝国軍きっての穏健派で知られる咲夜に常々から歯痒い思いをひた隠しているだけに、前のめりになりすぎていた己を悔いながら、大陸の地図が描かれた敷き紙を丁寧に畳み袂に隠した。この密談、神島の攻城さえ成功しさえすれば後は何なりと、煮るなり焼くなりは元帥の御心のまま。なればこそ咲夜の、相手の懐にするりと入り込む手練手管なくしてはどうなっていたことか。必ずやこの御方を超えてみせると、火津彌は心に秘めやかな炎を灯した。まずは頭を落ち着かせる為、喉を潤す為の茶を一口啜ると、オウガの手から滑り落ちた箸に目を向ける。その雅とは言い難い所作に一瞬眉根を顰めそうになるが、オウガの言葉、咲夜の返事の応酬を見ればすぐにそれは感嘆のまなざしに変わる。
火津彌 ◆ > ……ただの豪傑かと思えば、なるほど。”一騎当千”…食えぬお方だ。敵で良かった、なまじ味方であれば嫉妬の感情の矛先に迷った事であろう。)…どうぞ、お好きなようにお召し上がりになって頂いたら宜しいですわ。気が利きませんで、申し訳ありませんな。(二人の邪魔にならぬ程度に、一言だけそう添える。長考の間に食事を進めるべきかと自分も箸を手にとれば、ものの数十秒もかからずにオウガの返事が。咲夜の顔を見るまでもない、交渉は今成立したのだ。ヨズアが反逆した時の処遇も丁寧に付け加えながらまるでそつなく王国流の挨拶に応える咲夜を見ながら、火津彌は何度もゆっくりとうなずいた。)……私からも。(守山を頼むという咲夜の言葉にそう付け加えて、心にもなく穏やかに微笑んでみせた。……せめて外からでもそう見えればと願いながら。)〆