この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

曲水の宴

(咲夜)

咲夜 > (宴も終わりに近付いた頃、咲哉は自分の名を呼ばれて席より立ち上がった。薄布に施された精緻な刺繍。桜を想わせる薄い色合いの漢服を身に纏い、普段は背中へと流している豊かな白髪をしっかりと結い上げて、真珠と翡翠をふんだんに使った葉と蕾を模した金細工の髪飾りと、花弁の萎れた枯花とで装飾する。永久に枯れることのない偽りの黄金と、既に盛りを過ぎた真の花。それらはいったいなにを意味するものか。入れ替わるように舞台の中央に出れば、華美な装いを『こんな時に』という者がいる。有数の名家であれば誰よりも華美な衣を纏うのは勤め。買い控えが起きる戦時中ならなおのこと、市井に貨幣を流通させるため、常よりも豪奢な服を特注で誂え纏う。それを嗤う者は教育が足りないのだろう。わざわざ無学を指摘してやれるほど今日は暇ではないのだけれど。栄えある舞台で精々、恥を掻くがいいさ、いい勉強になるだろうと、自ら浅学を口にした巫女に向かって、にこりと微笑む。団扇を片手に足を一歩すすめれば、しゃらしゃらと鳴る金飾り。はらはらと舞い散る桜色の花弁。栄えある尊華帝の御前に立ち、優雅に膝を折り、装飾品の重さを感じさせることなく頭を下げた。)


咲夜 > 香々家の咲夜と申します、至尊におかれましては、ますますご盛栄のことお喜び申し上げます。本日、お集まり戴いた皆さまにおかれましては、どうぞよしなに。(果たして自分を知らぬものがこの場にいるのだろうか。皮肉げに唇の一端を持ち上げて愛想笑いを浮かべると、貴賓席に並んだやんごとない方々を見渡してそう思う。最後にちらりと国母――実姉の姿を伏し目がちな銀灰色の瞳に収めれば、団扇の下でゆっくりと息を吐き出した。緊張、ではない。煩わしい、わけでもない。風に薫る嗅ぎ慣れた『誰か』の香が、唇から侵食し、臓腑の端からゆっくりと体内に浸透して肉となるのが嫌だった。) 


咲夜 > (何ができる。何度と繰り返される宴のなかで技を披露するのは、年若い魔術師たちと違い今日が初めてのことではない。繰り返される帝の言葉も昨年と今年で何が違うのか。では一字一句全く昨年と同じ言葉を連ねてみようか、などと思ってはみるが、そんな愚かな真似をするほど自分は幼稚ではない。当たり障りのない会話。美辞麗句で装飾された皮肉を尊華貴族らしく口にする。)本日は香々夜家の妙技を、皆様に披露させて戴きます。(そうして最後にそう宣言すれば、戦場とは無縁の貴族たちが噂の魔術が見れるのだと沸き立った。) 


咲夜 > (耳許で秘め事を囁くが如く、小さな声で呪文を唱える。皮肉を言い合っていた貴族たちも、誰に命じられた訳でもないのに口を閉ざして何が起こるのか息を飲んで注視する。呪文に呼応して空間をねじ曲げて現れる巨大な門、この世にあり得ざる魑魅魍魎や苦悶に顔を歪めた亡者で装飾された扉が音も無く開くのと同時に、肉のこそげおちた白い指が扉を掴む。『嗚呼っ――』と誰かが呟いた。)聖なる威力、比類なき智慧、原始の愛が我を造れり……。(その門が開いている時、背後を振り返ってはならない。それは自分の中で決めたルール、『見るなのタブー』などどこの国の神話にもみられるけして珍しいものではないのだけれどだからこそ守らなければならないとものとして定めたのだ。地獄門より現れた者たちは、咲哉を囲むように整列する。その手には和楽器が握られて、並んだ者から順に音楽を奏でだすが、骸骨の喉であれば笛の音は鳴らず、琴の音は調子が外れてその演奏はどこかうすら寒い。)  


咲夜 > ……だが、ここからが本番よ。さて、参ろうか。ひとふたみ、ゆらゆらと、ものべ。(口の中で呟いた言葉。唱える呪文を変えれば変化はすぐに現れた、楽器を持つ白い骨の指に薄く膜が張ったかと思えば、その指はすぐに桃色の肉に包まれて在りし日の形を取り戻す。窪んだ眼窩には生命の輝きを秘めた左右の瞳が宿り、不揃いな音楽はこれ以上ないというほどに美しい幽玄の調べと変化する。受肉した死者たちは生れた年代は違えども、一人一人が名の知れた奏者。老若男女様々な者がいるなかで、その顔触れを見て感嘆の声をあげているのは音楽に造詣の深い者たちだろう。生前には揃うことのなかった面々による素晴らしい音楽。それに呼応するかのように木々の梢では蕾がゆっくりと花開く。今が最盛期とばかりに咲き誇る満開の花。髪に挿した枯花もその美しさを取り戻す。)まさに、これこそが香々夜の妙技。八百万の神々よ、ご照覧あれ!


咲夜 > (高らかにそう宣言すれば、わっと観客たちが沸き立った。まるで天国にいるかのような美しい光景と音楽に酔いしれる者たちを尻目に、ゆるりと口角を持ち上げる。そうだ、この場に集う者たちは知ればいい。はらりと髪に挿した花が舞い散った。それと同時に演者の体急速に痩せこけ徐々に崩れはじめる。あるものは腐敗し、またあるものは風化し、満開の桜はあっという間にその花を散らしてしまう。カタンと音を立てて横笛が骨の山に落下した、あとに残るは骨の山と花も葉もない枯れた枝。僅かに鼻腔を刺激する腐敗臭。)ではこれにて、失礼。(口元に微笑みを浮かべながら優雅に頭を下げると、なんとも言い難い雰囲気が場を支配するなか花弁を踏みしめながら顔をあげる。そうだ、皆は知ればいい。誰もが香々夜に永遠を求めるけれど、そんなものなど何処にもないと。これで少しは危急存亡の秋だと気づけばいい、そんな願いを技に託して場を後にした。) 〆