この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

曲水の宴

(火津彌)

初音 ◆ > (ー御所のいくつかある殿のうち、宴を執り行っているとある中庭にて。桜の木が蕾をほころばせ、春の陽気に満ちたそこには魔術師や巫女達、側使いが犇めいていた。数人の魔術師により厳重に守られている御簾は微動だにせず、目を凝らしても至尊がお見えになったのかは分かりそうもなかった。…尤も、そんな事をしては不敬に当たってしまうであろうから、慎む他ないのだけれど。至尊の臨御は程なくして近侍により知らされ、誰がいの一番に芸を披露するか互いに牽制しあっていた。そんな空気の中、廊の奥からすっと出てきたのは、透き通ったかつぎの衣を頭からかぶり、少年の晴れ着に当たるところの水干と袴をゆったりと着た、髪の長い人物であった。)  


初音 ◆ > …僭越ながら、私がさきがけを務めさせて頂いても? (かつぎの衣を脱ぎつつ、たっぷりとした袂をふわりと羽ばたかせながら、郎から庭に設えられた茣蓙の上へと降りてゆく。御簾へ向き直ると、恭しく手をついて叩頭した。) 畏くも、至尊におかせられましては、ご機嫌麗しゅう…。この度の宴の催しをご叡慮いただき、まこと幸甚に存じ上げます。厚かましくもご挨拶を…。初音(ハツネ)と申します。 (女性の声でそう告げ、初音は顔を上げた。若き女性の面構えだが、どこか年のわからない、不思議な雰囲気を持っていた。長い髪は尊華人には珍しい、熟れた玉蜀黍の髭根のような、風に揺れる茅萱の群生のような、淡黄をしていた。) 


初音 ◆ > (至尊の問いを受け、初音は上体を揺らさぬままつとめて優雅に立ち上がると、腰に刺した扇を開いた。) お目汚しかと存じますが、ご叡覧あそばされませ…。 (どこからか俄に聞こえてきた鼓の音に合わせ、扇を使いながらひらりひらりと繰り出される舞は、女性らしさというよりは少年性を強調した中性的なものであった。狩りをする若人の如き眼差しで、胸を張って堂々と舞う。それが最も初音の持つ魅力を引き出しているようだった。―舞が終わると、再び御簾へと頭をついた。)


初音 ◆ > …いいえ、尊華帝さま。魔術はこれにて結びでございます。 (初音の言葉に、取り巻きは一瞬、ざわっとさざめいた。わけの分からぬ口答えをしたばかりか、"尊華帝"と…恐れ多くも言い放ったのだ。ただの阿呆か、何か間者の類いか。宴に一瞬の緊張が走る。) 『ーー尊き花の榮の宮処におわします稲荷の妖仙、現人(あらひと)の幻となりて吾の前へ姿を示し給うた初音の善狐よ。………いま本地となり戻り賜へ。』 (そう言葉を発したのは、至尊の横で護衛を努めていた帝国軍人のうちの一人、佐官であった。) 


火津彌 ◆ > 鬼灯の、火津彌と申します。私の魔術はお楽しみ頂きはりましたでしょうか。まずはさきがけにて、ほんのお茶濁しとさせていただきました。 (どこへ向けるともない不器用な笑みを携え、彼は再び御簾の脇へと座った。)