この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

出会い

(アッシュ&レフィーネ)

アッシュ > 正午を少し回った、一日で一番暖かい時間帯の事だった。中天を通り過ぎ、ほんの少し傾いて見える太陽の陽射しは、燦々とウェンディアの王都「ウェント」を照らしている。冬が終わりを告げようとする3月中旬の王都は、ぽかぽかとした陽気に包まれていた。⋯⋯それもその筈。今3月はウェンディア王国の一大イベント、毎年しっかり訪れる〝花祭り〟の時期だからである。国を挙げて盛大に行われるこの祭りの時期は、道に屋台が所狭しと建ち並び、煌びやかな山車が大通りを回る。今日この日も例に漏れる事はない。花祭りの時期らしく、城下は楽しげな喧騒によって賑わっていた。────そんな、普段と雰囲気の違う街並みを見下ろせる高台の上。)「⋯~~♫~~~~♫」
アッシュ > ((高台の上は、大きな木と噴水が目印の憩いの場。普段は子供達の遊ぶ声や主婦の立ち話、年老いた老人の散歩コースとして一定の賑わいを見せる場所であるが、この場所は花祭りの山車も来ることは無く、屋台も無ければ、花祭りの装飾も施されていない。それ故に、この時期は人が訪れる事はほとんど無い。今は高台から街に落ちてしまわないように取り付けられた白いフェンスのすぐ側に、ぽつんと1つ、茶色いローブを身に纏った人影があるだけだった。ローブ姿の青年はたった一人、誰かに聞かせる訳でもなく、小さな演奏会を開いている。クロマチックハーモニカが奏でるのは、どこか悲しげな、哀愁を漂わせる落ち着いた曲。それでいて美しく綺麗な音色は、彼のローブや木の枝を揺らす、少し冷たい北風に乗って運ばれていくけれど、城下で響く音楽や喧騒には打ち消されて届かない。まるで楽しげな仲良しグループを眺める一人ぼっちの子供のように、フェンスに軽くもたれる青年の瞳は暗い。明るいこの空の下でも、一切の光を映さない程に濁った瞳をフードの奥で細め、遥か遠く、手の届かない程に遠い何かを見ているかのよう。────最後の一音が、響いて、ゆっくりと、途切れた。)
アッシュ > 「⋯⋯、はあ⋯。」((口からハーモニカを離すと同時に⋯⋯木の枝に止まっていた小鳥達が羽ばたいて城下へと降りていく。もしかしたら、彼等達が唯一この演奏会の小さな聴衆だったのかもしれない。羽が空を打つ音に僅かに反応を見せ、瞳で一瞬追いかければ⋯⋯否応無しに視界に映るのは華やかな城下。もっと立派な音楽団の演奏が聞けるこの時期では、俺の安っぽい演奏なんて、見向きもされないし、寧ろ邪魔だろう。そう思っての事だったが⋯⋯嘘は吐けない。やっぱり、何処か寂しかった。ハーモニカを手にした腕を力無く落としてから、ぼそり。消え入りそうな声で呟く。)「───花祭りは⋯⋯嫌い、だ。」((楽しげなあの空気は、以前を彷彿とさせるから。笑い声は、共に戦った仲間達を連想させるから。⋯⋯全部、俺のせいで失って、自分勝手に逃げたのに。この空気を浴びると⋯寂しいとか、少しだけ、羨ましく思ってしまう。そんな自分はもっと───嫌だった。


レフィーネ ◆ > (人の声や楽団の演奏が入り交じるざわざわとした花祭りの喧騒の中で、レフィーネはどこか呆けたように突っ立っていた。数日に渡る花祭りも今日をピークとしてまたいつもの日常に、戦いの日々に戻る。ウェンディアの人々もそれを感じているのかは解らないが、レフィーネにはこの喧騒が底抜けに明るすぎて、どこか空々しく感じられた。花祭りが好きなレフィーネにとってこの数日はあまりに浮かれすぎたのもあり、その揺り返しもあるだろう。それに百騎長になってからの花祭りは初めてで、ほとんど哨戒の仕事に当てられたのもあり、身体的にも疲れを感じざるを得なかった。そしてそれもレフィーネの燃え尽きるような虚無感に拍車をかけていた。)…ふーっ…。(誰にも聞こえないように鼻から小さなため息をついた。自分は聖騎士であって、仕事が嫌だとかそういう事は表には出してはならない。そういった意識が今は少しだけレフィーネを縛り付けていた。)  
レフィーネ ◆ > …ん?…な…んの…お、おと?(意識をなるべく喧騒の外にしていた為か、ふつうならば聞き逃してしまうような音を拾った。小さな体で震えながら響く楽器を想像させる、高く小刻みにわななくような旋律だった。レフィーネはどこか懐かしいその音色に引き寄せられて、音のする方へ歩みだした。…これは決して哨戒をさぼっているわけではなくて、少しだけ喧騒から離れることができたら。またいつものように屈託のない笑顔を取り戻せるではないかと自分に少しだけ、言い訳をしながら。)
レフィーネ ◆ > (音はどうやら、高台のほうから聞こえているようだった。少し前に花祭りで出会った密偵の女性を思い浮かべながら、レフィーネの足取りはどんどん軽くなってゆく。ネリネの花を贈ったあの人…あの場所で一緒に屋台のお菓子を食べた。もしかして、またそこにーー大きな木と噴水のある頂上へたどり着くと、そこにはフードを目深に被った茶色いローブの人物がぽつんと佇んでいた。後ろからでは解らないけれど…意を決して、レフィーネは声をかけた。)…あ…あ、のっ…。先程の…う、うう、美しい音色は、あっ、あなた、ですか?


アッシュ > この喧騒の何処かで、孤児院の子供達はお祭りを楽しんでいるのかな。「バッシュおじさんも行こうよ」と誘われたのを、無碍に断った時の子供達の表情は、思い出すと胸が締まる。だけど、それでも、俺にはそんな資格はもう無い。⋯⋯それに、花祭りの時期には街を見回る騎士団も増える。もし、バレた時にどんな恨み言を言われるのか怖くて⋯⋯楽しかった日々を思い出すのが怖くて⋯⋯。きっと資格がどうとかなんて事じゃなくて、ただ俺には勇気がないだけなのだろう。飛んでいく小鳥達が見えなくなっても、変わらず街を見下ろし続けて。⋯⋯そんな、燃え尽きた〝灰〟(アッシュ)の様な心の内の虚無を打ち破ったのは、背後から掛けられた高めの声。)  
アッシュ > 「⋯?⋯⋯⋯⋯っ。⋯⋯これの、事か?」((嫌いだと思っていても、結局楽しげな街から視線を逸らせなかった俺への助け舟。逃げ場所に飛び込むかのようにそっと振り返った視界に映ったのは、特徴的な青色を基調とした制服。かつて自分が纏っていたものと同じソレは、彼の動揺を誘うには十分すぎるもので。フードの下で瞳を少し見開いてから、そのまま伏せてしまう。片手に下げていた、黒と銀色のクロマチックハーモニカを僅かに上げて君に見えるように示すと、空いた手をフードの中に入れて、首を抑えて困った様に口元を緩める。) 
アッシュ > 「⋯今日は花祭りだから、あまり邪魔したくなくて。綺麗と言って貰えるのは嬉しいけど、さ。」((くるり、癖なのか手慣れた様に、片手でハーモニカを回してから、軽く上げていた腕を下げる。⋯⋯⋯⋯フードの下から、君をじっと見つめる暗く淀んだ瞳に君は気づくだろうか。左頬に特徴的な傷を宿した青年は、暫く君を見つめた後に、結局瞳をまた君の足元へと伏せてしまう。⋯⋯緑色の特徴的な髪、伝説上のエルフのような耳、名前は忘れたけれど、綺麗な宝石のような瞳。⋯⋯どれもこれもが、心の内をざわつかせる。ああ、気づいてない。俺はこいつなんて知らない、知らないんだ。何度も心の中で言い聞かせていたからか、また彼は逃げの一手を打ってしまうのだろう。)「⋯⋯あんた、聖騎士、だろ?見回りはしなくていいのか?」 


レフィーネ ◆ > (こちらの問いかけに返事をしながらくるりとこちらを振り返るその人物を見て、レフィーネははっと息を飲んだ。あなたも同じく一瞬の動揺を隠せず顔を伏せてしまったので、確証は持てないけれど…。聞き覚えのある声と、答え合わせのように手に持ったハーモニカ。…やはり、あなたは。息を止めたまま顔をしっかりを見ようとするレフィーネに、今日は花祭りだから…と、教科書のような”なんてことのない世間話”を言葉を続けようとしているけれど。)…み、みみっ…見回り中です。……怪しい人が、いないか、見回るのが、お、おおお仕事ですっ…。……百、騎、長。(吃らないようにゆっくりと、そう口にする彼女。しかし、瞳に嘗てのような精彩がないのがまるで別人のようで、否、本当に別人なのか。レフィーネは視線をそらさないまま、一歩、二歩とあなたににじり寄った。) 
レフィーネ ◆ > やややっぱり…ひゃ、百騎長。ですよね?そ、そ、そそそその、ハ、ハーモニカ。……いいいいい、今までどっどこに…!どっ、どっ、どうして、急にっ!?み、みみっ、みんなっ、百騎長のこと、さ、探してたんですよ。(吃らずに喋ろうと思えば思う程もどかしい程に言葉が紡げない。”バッシュ”…我がウェンディア聖騎士団の、元百騎長。もっとも、突然いなくなってしまったのだから正式に退役した訳ではなく、今でもあなたを百騎長だと言う人物は、騎士団の中にも少なくない。あなたとレフィーネは特別に仲が良かった訳ではないが、子供好きなあなたは幼いレフィーネをよく気にかけてくれたようにも思えるし、歌が好きなレフィーネの為にハーモニカで歌を教えてくれたこともあった。…かつてはただの騎士でしかなかったレフィーネを忘れていても無理もない話だが、レフィーネがあなたを忘れるはずもない。あなたは、百の魔術師と同等の力を持つとされた”百戦錬磨”だったのだから。) 


アッシュ > ゆっくりと近づいてくる君の足元につられる様に、視線を少しずつ下げて行く。吃らないように、噛まないように。気を付けて呟かれるたった1つの単語に、彼は明らかな動揺を見せた。今すぐ逃げ出してしまいたい、この場から脱兎の如く駆け出してしまいたい。それこそ背後のフェンスを飛び越えて眼下の街へと飛び降りてしまいたい。そんな気持ちの表れからか、足をぴくり、と動かした。逃げる様に片足を一歩、背後へとずらした。⋯⋯でも、そう思ってくれているのは嬉しい、本当の事は分からないけど、君や仲間がそう思ってくれているのなら。⋯⋯〝戻りたい。〝 〟一瞬でも思ってしまったのが運の尽き。フラッシュバックするのは、そんな仲間達を自らの手で傷つけてしまった、過去の記憶。赤く血塗られた映像となって呼び起こされたソレに刹那、瞳を苦しげに細めてから。⋯⋯結局は自分の気持ちにも、お前の言葉にも、全てに嘘を撒き散らすんだ。)「⋯⋯知らない、な。」
アッシュ > ((重たい声色で告げられた一言は、どこまでも冷たいもので。たった1つの単語に君の期待も希望、気持ち全部を打ち砕かんばかりの否定を込めて。そっとハーモニカをローブの下、ズボンのポケット仕舞い込み。僅かに顔を上げては⋯⋯⋯⋯そう、ペリドットだ。そう形容できる君の綺麗な瞳に、宝石の輝きすらも穢さんばかりの瞳を合わせ。そして徐に片手を上げて、掌を君に向けた。)「⋯⋯⋯⋯南より吹きし暖かな風よ、我が手の元に顕現し、包み込まん。」((唱えたのは、ウェンディアではごく一般的な呪文。暖かな風を生み出し、洗濯物を乾かすなど、そういった事に多用される簡単な魔術の1つだ。しかし、掌を眼前に向けられている筈の君には何一つ届かない。明後日の方向から吹く、冬の名残を残した冷たい風が二人の間を駆け抜けた。⋯⋯ひやり、一瞬冷えた空気に合わせてか、力無くそっと手を落とした男は、肩を竦めて自嘲気に、「アッシュ」として君に出会ってから初めての笑みを浮かべるのだった。)「───簡単な魔術すら使えない男が、百騎長になれる訳⋯⋯無いだろ?」((口元を歪ませて笑う男の瞳は⋯悲しげにまた君の足元に伏せられるのだった。


レフィーネ ◆ > (それは、こちらの熱量に対して、あまりにも白々しく響いた一言だった。それ以上聞かないでくれと、言っているのだろう。流石のレフィーネも思わず黙り込んでしまうような、強い拒絶の色をしていた。次にあなたがこちらを見据え、掌を向けて口を開く時、経験則でそれは魔術を放つのだとすぐに察した。魔術書を開く時間はなさそうだ。頭の中の引き出しにある呪文を、散らかしながら次々と引っ張り出すかのように思い浮かべた。ーもりに生ける木霊達ー…法国に伝わるー…いにしえのー…やどり木ー…神樹ー…根をー…その葉をー………が、レフィーネが詠唱のための腹式の呼吸に切り替えた時、その魔術がこちらに危害を加えるものではないと悟りーそして、発動をしていないことに気づくのには、たった今一気に頭を回転したにしては、時間がかかった。)…ま、…魔力を…う、う、失った……?
レフィーネ ◆ > (あんなに強かった百騎長がどうして。真名を失ったとでも…?頭を過ぎったのはあなたに対する噂だった。いち騎士に過ぎなかった彼女の事だ、あなたが騎士団を去った詳細な理由など知るはずもなく、ただ、去ったという事実と、どうして去ったのかという噂くらいしか耳にすることはなかった。そしてその噂とは、あなたが出陣したとある戦いで傷ついたり命を落とした魔術師は、敵国ではなくあなたの魔術によるものだったという噂。その中にもあなたの真名を知るものが居たのだろうか。それとも、そんな話はやはり噂に過ぎず、単に真名を失った事で騎士団を去った…?いや、それならばまた信頼のできる誰かに真名を教えたりなど出来るのではないか……。様々な憶測が駆け巡ったが、とにかく失踪をしていたあなたを前にして考えにふけっている時間などないと気づき、改めて口を開く。またいつ、突然去ってしまうかもわからないのだ。)…だ、団を去った理由は、どど、どうあっても、おっ、教えて、いただけないのですか?(期待はしていないが、このままただで帰すわけにもいかないのだ。)


アッシュ > 「⋯⋯知らないな、元々大した魔術は使えなかったし、別に苦労なんて⋯ないさ。」((焦りや驚きの感情を色濃く瞳に映し、思考を巡らせているのであろうレフィーネに、アッシュは殆ど感情を感じさせない淡白な声音で呟きを返す。感じるものがあるとすれば、隠しきれなかった憂いが、表情に少し出ている位のものだ。再びぼろぼろのローブに両腕を隠してしまえば...見えるのは特徴的な頬の傷や口元、そして瞳だけになる。⋯⋯そんなアッシュは今一つ。そこまでレフィーネが自分を何故そんな気に掛けるのか、理解出来ずにいた。俺がレフィーネと過ごしたのはたった半年程度の短い時間。今でも幼さは残っているが、今以上に幼さが目立っていた入団当初のレフィーネを、確かに俺は気にかけていた。歌に意味を込め、それを呪文として発動させる魔術は印象的で、ハーモニカの演奏を聞かせてあげたことも確かにあった。未だに忘れられない記憶は次々と脳裏を巡って、鮮明に思い出せるものの。────それだけだ。たったそれだけ。
アッシュ > 所詮は百騎長と騎士の関係に過ぎなかった筈。特別レフィーネの事を特別扱いしたかと言われれば、首を縦には振れない。そんな関係でしかない俺の⋯⋯「罪」を知っていながら、何故レフィーネは。⋯⋯そんな思考を打ち消したのもまた⋯⋯特徴的な吃りがちの君の声だった。)「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯お前⋯。」((本当に消え入りそうな、余程〝耳の良い〟人間で無ければ真意を聞き取れない程の声で呟いたのは、明らかな困惑を孕んだ単語。それでいて、アッシュは納得してしまう。それと同時に、残念だとも、浅ましく感じてしまった。⋯⋯〝そうか、ただレフィーネは、俺の犯した罪を知らないから、そんな事が言えるんだ。〟そう感じさせた君の問いは酷くアッシュの心を冷めさせた。困惑から、恐ろしく冷たい無表情へとフードの下で色が変わる。もし俺の犯した罪を知っていて、俺をバッシュであると思って、それでも話し掛けようとしてくれた、そう考えていた自分が愚かだった、そう気づいた。ただ単に、知らなかっただけだった。
アッシュ > ふわり、と茶色いローブを靡かせて君に背を向ける。それが示すのは確かな拒絶。これっきりだと、袂を分かつ合図。汚れたローブ、そして穢れた瞳とは対象的な、純白のフェンスに両腕を預けて凭れると、花祭りに彩られた街をぼう、と見下ろして。背中越しに、ハッキリとした声で告げた。)「⋯⋯何度でも言うぞ、人違いだ。それと、誰かは知らないが⋯、無言で騎士団を去るなんて無責任で最低な奴に話し掛ける必要なんて、無いんじゃないか?」


レフィーネ ◆ > (またしても、突き放されてしまった。あなたは小さく口を動かしたように見えたが、消え入りそうなその言葉は風に掻き消えた。聞こえたとてそのあまりに短い一言が意味するところが何かまではピンと来なかっただろう。今、こんなにも神経を研ぎ澄ませていると言うのに。少し歩けば直ぐに触れることの出来る距離にいるのに。あなたとレフィーネの心理的距離は遠く、表情も読めない。それは彼女の意思だけではどうすることも出来そうになかった。またあなたがいつ居なくなるか分からないと焦るレフィーネにとって、この僅かな沈黙はとてもとても長く感じられた。ようやく沈黙を破ったあなたの言葉も、距離を縮めるきっかけにはなりそうもない。)
レフィーネ ◆ > そっ、そっ、そんなっ、こここ、ことっ...あ、ありませ...だって、だって、バッシュさん、あああ、あっ、あっ、あな、たは...。(レフィーネは焦燥感に文字通り息を詰まらせた。こんな風にもどかしく吃っている間にも、去って行ってしまうかもしれない。)っ...あっ....あ、う...(そうして、もはや言葉を失った。かつて、吃音を気にして誰とも話せなかった頃の自分が蘇り、レフィーネはきゅうっと服のマントの胸元あたりを握りしめる。...太陽の意匠、聖騎士団のエンブレム。そうか。私は聖騎士レフィーネであった。そして大きく息を吸い込むと、腹式の呼吸へと整える。
レフィーネ ◆ > ...聖騎士レフィーネは知っているのだ。どうしても伝えたい言葉は、歌にすれば良いのだと。) (かつてあなたに教わった歌。故郷で子を待つ母の歌。ーー淋しき旅を続けるお前に、休める腕はあるのだろうか。お前を待つものはここにいる、ここにいる。ーーこの郷愁を煽るような寂しい旋律を、あなたは果たして最後まで、聴いてくれるだろうか?)


アッシュ > 「⋯⋯⋯⋯、っ、⋯。」((⋯⋯どうしようもなく、胸が痛んだ。この頬に出来た傷を受けた時よりも、ずっと痛い。騎士団との繋がりは断ち切った筈なのに。無責任に逃げたのは本当のことなのに。そして今も、理由を知らないとはいえ、俺を気にかけてくれたお前をこうして冷たく突き放したのに。⋯⋯なんでお前は、そんなに。そして俺もなぜ、こんなに辛いんだ。初めて会った時のように、言葉を何度も詰まらせるお前の声を聞くだけで。ぎゅううと心臓を強く握られている様な感覚にさえ陥る。君に背中を向けた状態だから、顔を見られないのを良いことにアッシュは⋯⋯酷くその表情を苦しげに歪ませた。フェンスに預けた腕、その片方でフェンスを握り直し。ミシミシ、と掌が擦れる音が自分の耳に届く。⋯⋯そしていつしか、その声は、途切れる。─────どうしようもなく突き刺す罪悪感に歯噛みするアッシュの耳に再び届いたのは。)
アッシュ > ⋯なつかしい、うた。いつだったか、お前に教えてあげた歌だ。お前が歌えるようになってから、ハーモニカで伴奏をつけてあげて⋯。楽しかった頃の記憶が蘇る。歌詞の意味なんか気にするまでもなく、懐かしい旋律と綺麗な歌声だけで、〝バッシュ〟はフェンスを握っていた腕の力を緩めることが出来た。眼下に映る世界、花祭りで鮮やかに彩られた街にノイズが走り。セピア色の世界が一瞬だけ、脳裏に映るのだった。青色を基調とした服に身を包んだ俺と騎士団の仲間。そして────レフィーネ。仲良く並んで花祭りを楽しむ幻想。⋯⋯いや、願望。黙ってソレを聴き続けたバッシュは、君の歌が終わりを告げても暫く反応を示すことは無い。振り返るまでに、時間を必要としていた。〝アッシュ〟になる時間を必要としていたから。風でローブがばさり、はためく音だけが響く高台。花祭りの遠い喧騒から切り取られたような閑散とした世界で⋯⋯ゆっくりとアッシュは振り返る。そして⋯⋯)
アッシュ > 「⋯綺麗な歌だったよ。上手だな。」((フードの下で淡々と返した言葉は⋯⋯きっと君が求める〝返事〟では無いのだろう。そのまま君に向けて歩き出したかと思えば、止まることはなく、君の横を通り過ぎて去っていく。だけど、すれ違った瞬間。)「──────懐かしい、歌だった。」((そう一言だけ。我慢出来ずに溢れ出た片鱗を残していった、アッシュ。風で再びはためいたローブから覗いた彼の腕には黒と銀のハーモニカが握られていた。⋯⋯いつか、君の歌(ことば)に伴奏(へんじ)を返せる日が来るのだろうか。 )〆