この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

饅頭

(アッシュ&神楽)

アッシュ > 遥か昔の大戦争より、この大陸を二極支配する国。その片割れ、東側の大国。〝尊華帝國〟。中でも最も賑わう帝國の中心部、帝都榮郷の昼下がりは、春の訪れを告げる暖かな日差しと未だ冷たさを孕む北風に吹かれていた。)「⋯⋯餡饅頭⋯と、煎餅も買ったし、こんなものか。」((大通りから少し逸れた小さな広場にて、腕から下げた紙袋を覗く、ぼろぼろの茶色いローブ姿の男は誰にも聞こえない程度の声で呟いた。ウェンディア出身の人間ではあるものの、深く被られたフードから覗くのは、此処ではごく一般的な黒髪黒目。尊華人らしい見た目からか、誰からも特に怪しまれることなく、短い期間の旅行を楽しんでいた。⋯⋯⋯孤児院の子供達の為に、尊華のお菓子を買ったは良いものの、やっぱり作り方は教えて貰えなかった。俺がこの饅頭や煎餅とかも作れるようになれば、きっと喜んでくれるのに。⋯⋯そう、心の中でぼやきつつ深い溜息を零した男。ふと顔を上げれば⋯⋯広場を横切っていく見慣れた姿が。フードの下で冷たく光の無い黒瞳を細めながら追い掛け、表情を微かに歪めて。)  
アッシュ > 「⋯⋯⋯帝國、軍。」((特徴的な黒を基調とした軍服は、幾度と無く戦場で見たもの。俺には関係ない、そう心の中で言い聞かせつつもやはり⋯⋯多くの同胞の命を奪った彼等を見るのは、良い気分ではなかった。瞳をきつく細め、再び幾度目かも分からない溜息を零す。春が来たのか、息はもう、白くなかった。


神楽. > ……なん……という事だ……一体、どう言う事なのか……( 太陽が燦然と照る正午過ぎの時間帯。帝国の都心に位置する此の榮郷には、幼き子供からお年寄りまで様々な人間が絶え間無く行き交っていた。お喋りに花を咲かせる若い女性達、無垢な笑顔を見せ合いながら幸せそうにしている恋人達___皆がそれぞれの好きな時間をゆっくりと過ごしている。__そんな華やかな賑わいを持つ街の中に1人、怪訝そうな顔付きで一点を凝然として見つめる者が居た。後ろ姿だけで感じられる押し潰されそうな程の威圧感。帽子の影から見える鋭き眼光。少女でありながら其れはまるで、狩りをする肉食獣の如き風貌である。)……其処のお母様。''此れ''について。少しばかり、お話を聴いても宜しいですか…?
神楽. > ( じろりと一点を見つめ捉えたまま離さない。その状態で前に佇む御婦人へと疑問を投げかけて行く。______「……。」婦人は何も答えずに呆れた様な溜息を付けば、その場で俯いた。その行動で堪忍袋の尾が切れたかの様に、彼女は婦人を睨みつければ、街に響き渡る程の声量で叫んだ。)……だから………、なぜっ……!!!何故餡饅頭がないんだと聴いている!!!!!( __彼女は叫んだ。まるで小学生かの様な内容の事を、まるで獰猛な獣の雄叫びの様に。道行く人々が彼女をちらりと見てはヒソヒソと何かを話している。御婦人の方は既に呆れて物が言えない状態であった。)  
神楽. > 教えたまえ!何処の!!誰が!!何の権限で!!此の店の饅頭を売り切れさせたのか!!其奴の所に行って教えてやる!!!此の店は私が支配した、と!!( これが帝國軍に所属する者の言葉であろうか。__実は、彼女は餡饅頭が取り分け大好物という訳ではなかった。では何故これ程に餡饅頭に拘るのか?其れは___彼女の''気分''だからだ。誰しも好物では無くともこれが食べたい気分だな、という場面は経験した事があるだろう。まさに彼女は今現在其の状態なのである。此れはまさに、自己中心的性格が進化しすぎてしまった故の行動としか言えない。)………はっ…!さてはあの………っ
神楽. > (ふと、我に返った様な素振りを見せる。思い出したのだ。茶色いローブを纏った人物、顔すら確認しなかったが、ローブなんて面白い格好してるなーと思っていたのだ。そして____其の腕には確かに紙袋が下げられていた。)……分かったぞ……ふふ、ふははははは!!!( 確信を持った少女は走った、ローブの男の元へと無心で。その記憶力のお陰か、ローブ男のいた場所、去って行った方向まで全てを覚えていたるのだ。彼女の足の速さと加えて見つけ出すのは時間の問題だろう。)……ふふ、見つけた…其処の茶色いローブの男性…。止まりなさい…!


アッシュ > 「⋯⋯。」((目の前を通り過ぎて去っていく、二人の帝國軍人。脇道に彼等が消えてその影すらも見えなくなっても⋯⋯心に差した黒い陰は晴れない。耳に残る二人の会話。幾重にも折り重ねられた皮肉、回りくどい自賛。尊華人の特徴だとは知っているものの⋯。それすらも何処か、心に醜いものを芽生えさせる。───もう俺は、騎士団でもなんでもないのに。彼等が消えた先をぼう⋯と見詰めた後、僅かに頭を振って。歩きだそうとした⋯⋯その時だった。)「⋯⋯っ!」((ほんの少しだけ、肩を跳ねさせる。突然の大声に驚いたのもあるが、何より背後から聞こえてきた言葉が指すのが、自分であると一瞬で分かってしまったから。顔が余り見えないよう、少し伏し目がちでちらり、振り返る。淀んだ黒瞳が映したのは⋯⋯さっきと同じ。それでいて、その心を酷く揺さぶるものだった。) 
アッシュ > 「⋯⋯、⋯!?」((ぴしり。脳裏が痛むような気さえする。小柄な体型、大きめの軍服。見映えこそ可憐な少女ではあったが、青年には少女が恐ろしい悪魔にすら見えた。頭の中で響く赤い警鐘。見覚えがある〝それ〟に、フードの下で男は瞳を見開いて⋯⋯、僅かに口を開け、閉じ。珍しくも表情の色を緩やかに何度も変えてしまった。動揺の最中、収まらないうちに目の前までやってきた少女に、青年は紙袋を下げていない方の空いた左腕を持ち上げ、フードの中で傷跡が目立つ左頬を人差し指で軽く搔き、なるべく当たり障り無い表情と声色を意識して口を開くのだった。)「⋯⋯俺の、ことですよね?⋯⋯帝國軍人さんが、一体なんの用、でしょうか?」((軍人だから、と敬語を心掛け、怪しまれないよう尊華風に聞こえるようにイントネーションを意識。⋯⋯そして気付かれないように気を付けて、特徴的な赤い左目をちらり。見つめるものの⋯⋯まだ思い出すまでには至らない。だけど俺は、絶対にこいつを知っている。背筋を冷たい汗が流れる気さえした。跳ねる心を押し込めて、無意識か紙袋を握る右手に力がこもり、くしゃりと歪む音が響くのだった。