この世界では、”言葉”が魔力を持つ。

報告

(火津彌&エクヴェル)

エクヴェル > (実に一月ぶりになる。定期報告の為尊華へ帰国したエクヴェルは、草臥れた顔つきで夜の軍内を彷徨っていた。如何に組織の一員と言えども、ウェンディア人然とした間者が真昼に歩くことは憚られるからだ。……しかし、普段ならこの時間であっても、既に上官の一人や二人、捕まえられていておかしくない。それなのにどういうわけか、今日はさっぱり箸にも棒にもかからない。顔見知りを当たってみても、こんなに盥回しにされたのは初めてだった。)ハァ……全く、どうなってんだ。……日陰者は辛ぇなぁ。(ぶつぶつと独り言ちながら、エクヴェルはそれとなくすれ違う人影から顔を背ける。軍内であっても一瞬ぎょっとされてしまうのだから、気分の良いものではない。)

火津彌 > …む。エクヴェル、何をしている?こないに目立つ処で立ちんぼか?(火津彌は、エクヴェルの姿を捉えると、後ろから声を掛けぽんと肩を叩いた。官職とはいえ戦の最前線で常に勝ち続ける将官とは違い、佐官は魔術一辺倒という訳にはいかない。下の者の顔を把握して、管理して、必要があれば様子を見る必要がある。彼……エクヴェルとはあまり直接仕事の話をすることは少ないが、彼の情報は比較的早い段階で--つまり、取捨選択の少ない状態で--自分の元に来る為気にかけていた。印象ではいつも明るく飄々とした若者であり、こんなふうに疲れた顔を見るのは少し珍しかった。)…さすがコトノハ様やの。ずいぶんとわかりやすい顔してはるやないか。”疲れてしゃぁない”…ってな。どうかしたんか?(尊華の施設とはいえ、コトノハという言葉はなんとなくあまり大きな声で言うのは憚られる。火津彌は後ろから、そこだけ小さな声で囁いた。)

エクヴェル > (突然に声を掛けられ、肩を叩かれ。少し驚いたエクヴェルの目は軽く見開き、火津彌の姿を認める。)……あ、これはこれは、佐官様……。(思っていた以上に、疲労が体を蝕んでいたのだろうか。気の抜けた返事をしながら、自分が口に出した『佐官』という単語に反応する。)佐官様じゃないですかぁ……!(安堵で全身の力ががくりと抜けそうになる。無論、直属の上司、という訳ではない。しかしながら、見知った上官という存在にようやく出会えたのだ。佐官という、エクヴェルよりもずっと高い地位に就いていながら、下っ端の汚れ役、その内の一人に過ぎない自分個人を把握しているーーちょっと変わり者、という印象を抱いてはいたが。最早この状況ではそんなことはどうでも良く、誰でも良かった。仕事の報告さえできるのなら。)  
エクヴェル > はっ……大変失礼致しました。佐官様、ご無沙汰致しております。(慌ててしゃきっと背筋を伸ばし、非礼を詫びる。……配慮された小声での“尊華節”を耳にし、少しばかりバツの悪そうな表情に変わりながらも、言葉を続ける。)いえ、そのようなことは――佐官様こそ、遅くまでお残りで……。ええ――とにかく、少し、仕事のお話をさせて頂きたいのですが。お時間の方は……如何でしょうか……?(絶対にこの機会を逃したくはない。が、相手は高官だ。押し付けるような真似はできない。エクヴェルはもどかしい気持ちで、丁重にお伺いを立てた。)

火津彌 > (脱力したかと思えば背筋を正したり、忙しい奴や。と火津彌は思った。)…随分盥回しにされたようやの。時間か、無くはないな...うむ、私の部屋へ来たまえ。(その返事をついてこいの合図とし、すたすたと自室へ歩き出す。部屋の中へエクヴェルを招き入れると、扉を閉めるように促した。)悪いな、閉めて貰えるか?( 濃いあめ色の木を組んだ床に大きな書斎机。ここまではなんの変哲もない官職の作業用の部屋だが、書棚の脚に掘られた竜や、極楽鳥の羽のつけペンなど、私物と思わしきあらゆる物が尊華式だった。取り立てて美しさに拘っているという訳ではなく、見方によっては殺風景な印象を与える程度には物が少ない部屋。火津彌は書斎机の上にある紙と、これまた尊華風の竹の筆立てから鋏を手に取り、紙を縦半分に折るとそれを器用に人形へ切っていく。自室なのだから座っても良いのだろうが、エクヴェルを差し置いてそうするべきでは無いような気がするのは、上下関係の関係ない、火津彌の中に染み付いている「上品、下品」の感覚であろうか。中腰で立ったまま作業をし、話し始める。)…聞こう。(話を聞きながら、今度は羽ペンを片手に人形の紙にメモをする準備をした。)

エクヴェル > (申し出が受け入れられ、思わず大きく一息つきそうになるのを堪え、火津彌の後をついていく。……部屋に入ると、言われた通りに扉を閉めた。音がしないよう丁寧に。……火津彌が報告を聞く準備をしている間、職業病と言うべきか、つい辺りを見回してしまう。もちろん失礼に当たらない程度に、そっとではあるが。何せ、高官の自室だ。ここなら盗聴の心配などあるはずもない。そのせいで妙に余裕があるからだろうか……それとも、滅多に上官の部屋にお呼ばれすることなどないのだから、単純な物珍しさか……そうでも無理はないか。……そんな取り留めのないことに意識を巡らせていたが、準備ができた佐官に声を掛けられて、改めて向き直る。)はい。では、報告させて頂きます。まずは……ウェンディア聖騎士団の組織構成、また総人員数の調査の進捗からですが……。(立ったままの佐官が少し気にかかったが、彼の自室で自分が椅子を勧めるのも差し出がましいだろうと、そのまま報告を始める。火津彌によって連綿と書き付けられていく、器用に切り取られた人形の紙――あれは何らかのまじないの類だろうか、と考えながら。)

火津彌 > (エクヴェルの報告を先程の人形の紙に書き留めてゆく。飄々とした態度から一瞬でスイッチが切り変わり、淀みなく纏まった言葉の発せられる様子に、いかに普段から言葉を巧みに使っているかという素地が現れているようで、きっと魔術も巧いのだろうな、と思った。淀んだ言葉からはやはり澄んだ魔術は生み出せず、散らかった魔術は纏まった言葉から生まれない。もちろんこれだけで魔術師適正は判断できないが、少なくとも言葉と馬が合わない人間は魔術師には向いていない。)...報告は以上か?お疲れさんやったな。さて...〝式神や、我が守護、焔火の精霊(しょうりょう)や。狐火憑せ文字(もんじ)守り給へ。我が手を離るる時は燃えうる時と心得よ。〟...こんなもんか。

火津彌 > (魔術というよりは、簡単なまじない。自分の手を離れると燃えるよう式神に命じ、ようやくエクヴェルに椅子を勧めた。)まぁ、座りなはれ。今回の潜伏は少し長かったようやな。堅い喋りはそのへんにして、遠い異国の土産話でもしてくれるか?なに、これも大事な仕事や。向こうでは何が流行っとって、どんなことに泣き笑うのか。そういった知識こそ役に立つと思わへんか?(不器用に口元だけにやりと笑うと、茶を用意するために棚から急須を出した。)こう見えて茶ぁに凝っててな。飲んでいきなさい。(自分は些か高圧的な印象を与えるらしい。部下を労うのも、茶のひとつもあれば随分やりやすいだろう...疲れた顔の彼に、いくつかある茶葉の中からリラックス効果のある紫の花茶を選んで。)

エクヴェル > (滔々と報告を述べ終わり、無意味にも唾を飲み下した。これで喉が潤うわけもないのだが……。静かに一礼をして、労いの言葉の真意を考える。やや長引いた諜報活動の甲斐があったのか。それとも佐官の温情か……或いはその両方なのか。火津彌が式神に魔術をかける様子を見つめながら、自分の仕事の成果に思いを馳せていたエクヴェルだったが、不意に椅子を勧められ僅かに驚く。)は……土産話、ですか。(報告は終わったというのに。しかも、ここは上司である彼の自室であるというのに。そのような誘いを受けるのは初めてだった。基本的に、敵国の人間の容姿で汚れ仕事をしている、自分のような者は歓迎されない。それは決して勘違いではない筈なのだが……。逡巡も束の間、火津彌が急須を取り出したのを見て、エクヴェルの心は簡単に靡いてしまった。……何しろ報告に上がろうとしてからのここ数時間、水一滴口にしていなかった上に喋りっぱなしだったのだ。)
エクヴェル > ……そ、そうかもしれませんね。では……ご厚意に甘えて、他愛ない話になりますが、少しばかり……。……お茶、ご馳走になりますッ。(エクヴェルは微かに目を細め、この人はやはり変わり者なのだと確信した。疲労を押して、交流を図ってくれる上官。ならば、自分も同じようにして、応える他ないだろう。エクヴェルは椅子に腰掛けると、花茶の良い香りに包まれながら、ささやかな歓談の時を火津彌と共にしたのだった。)〆